脱・演劇すごろく、社会とつながる 「贅沢貧乏」の挑戦

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藤谷浩二
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 公演ごとに観客を増やし、劇場を大きくしてメジャーをめざす。そんな「演劇すごろく」から距離を置き、文化と社会を柔らかくつなぐ。29歳の劇作家で劇団「贅沢(ぜいたく)貧乏」主宰の山田由梨(ゆり)さんは「演劇をもっと自由にしたい」と、独自のスタイルで活動を続ける。

 やまだ・ゆり 1992年、東京生まれ。劇作家・演出家・俳優。立教大在学中の2012年に劇団「贅沢貧乏」を旗揚げ。「フィクション・シティー」「ミクスチュア」が岸田国士戯曲賞最終候補。17年に「みんなよるがこわい」中国ツアー。ドラマ「17.3 about a sex」の脚本を担当。

 ――「贅沢貧乏」は来年で旗揚げから10年。全作品を作・演出しています。

 現在のメンバーは俳優3人と制作1人、私の5人全員が女性です。日常の中で「なんだかおかしいな」と違和感を覚えたことを作品にしてきました。

 私たちは日本の経済が右肩下がりの時代に育った世代。一生懸命働いても生活は楽にならないし、男性政治家が「女性は産む機械」と発言したように、先進国の中でも女性の地位は驚くほど低い。そんなもやもやした思いをおもしろい演劇作品にして、お客さんと一緒に考えたい、と。

 ――演劇を始めたきっかけは?

 幼いころは児童劇団にいた姉を追う形で子役をしていて、小学2年で「レ・ミゼラブル」のリトル・コゼットを演じました。帝国劇場の舞台から見えた客席や、舞台そでで(ジャン・バルジャン役の)滝田栄さんから「最高のコゼットだったよ」と声をかけていただいたのを覚えています。中高時代は学業優先でしたが、「いずれこの道に戻るのかな」と思っていましたね。

 俳優になりたいと身体表現を学んでいた立教大で友人にアイデアを話したら、演劇作品として表現することに。周りは映画志望者ばかりで、本当に手探りだったのですが。同じころに松尾スズキさんの「大人計画」やケラリーノ・サンドロヴィッチさんの「ナイロン100℃」の舞台を見て、力強い表現に「演劇って最強だ」と一気にのめり込みました。高2の終わりごろに芸能事務所に入り、映像の現場も知っていましたが、舞台上の俳優たちの自由な姿が、とてもかっこよく見えたんです。

 ――注目を集めていますが、人気や観客数ばかりを追ってはいませんね。

 旗揚げ当時は「演劇をやって…

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