みなとみらいに劇場構想 建設費480億、根強い慎重論
「見たいダンサーがいたのですが、とても素晴らしかった。筋力を使いこなしていて魅了されました。感動しました」。今月1日、神奈川県民ホール(横浜市中区)でバレエ公演をみた横浜市の大学生女性(19)の声は弾んでいた。横浜ではバレエ鑑賞が日常的に楽しめるわけではない。「どうしても公演は東京になる。もっと芸術を身近に感じられる劇場が欲しい」
こうした声に応えることになるのか。横浜市は「世界トップレベルのバレエ・オペラの日常的公演」ができるような劇場を新設することを検討している。
候補地は西区の「みなとみらい21地区60・61街区」。横浜アンパンマンこどもミュージアムの隣だ。観客席数は県民ホール並みの2500席規模で、4面舞台やオーケストラピットを備え、ダンサーの負担軽減のため弾性があるバレエ床を設ける。建設費は約480億円、開業後の運営費は年約45億円と試算。収入は市費が年約14億円で残りはチケット収入や国の補助金などをあてこむ。
「文化芸術の風土醸成や子どもたちの育成を図るとともに、さらなる魅力・にぎわいを創出し、都市の活性化につなげる」。これが市の中期計画で掲げられている劇場整備の理由だ。
22日投開票の横浜市長選では何が問われているのでしょうか。政策課題の論点と各候補の主張を紹介します。今回のテーマは「劇場新設」です。
「整備・運営には覚悟が必要」
都心では五反田のゆうぽうとが2015年に閉館するなど、この10年ほどで劇場やホールの閉館・改修が相次いでいる。「首都圏では、本格的なオペラ・バレエなどの舞台芸術を上演するにふさわしい舞台設備を有し、十分なキャパシティーがある劇場はほとんどない」(横浜市)のだという。
実際、あるバレエ関係者は「東京にはバレエやオペラができる、ちゃんとした劇場がいまだに少なくて困っている」と嘆く。「東京と横浜で比較すると横浜の方が集客は少ないが、東京の劇場よりも舞台機構などが整った魅力的な劇場が横浜にできれば東京から人が見にいくようになり、十分運営できるのではないか」
横浜市内では県民ホールでバレエやオペラの公演実績があるが、開館から46年たっており設備の老朽化が気になるという。「バレエやオペラ、音楽に関わる人間で舞台芸術のための劇場ができることに反対する人間はまずいないのではないか。文化芸術の振興は歓迎で、横浜の新しい魅力になる。アジア一の舞台芸術の拠点をつくってほしい」
一方、市の委託で株式会社日本経済研究所がまとめた19年の報告書によると、有識者らからは「新国立劇場や県民ホールなど、オペラ・バレエが上演されている劇場が近い」との課題も指摘された。東京の新国立劇場までは横浜駅から1時間かからず、県民ホールも同じ市内。横須賀市にも劇場がある。「(新劇場の)整備・運営には覚悟が必要」とされた。
開発事業者からは「横浜とオペラ・バレエはイメージが合致するが、マーケットは厳しい」との意見も出た。市の有識者委員会ではぴあ総研の調査による国内の市場規模の推計が紹介されたが、「オペラは来日公演が減少。バレエは来日公演が多くを占め、年ごとの増減変化はあるものの全体的には横ばい傾向」だという。
昨年末には有識者委員会が、新劇場によって「アジアの顧客などが期待できる」とした上で、整備にともなう負担は「妥当」だと提言した。しかし将来の財政悪化が見込まれる中で市議会では慎重論もある。
静岡文化芸術大学の片山泰輔教授(文化政策)は「横浜市の構想は『劇場ありき』で、(文化芸術風土の醸成や都市活性化といった)市が公式に掲げる政策目標を実現する手段として『なぜ劇場が一番いいのか』という議論が欠けている。今からでも遅くはないので、多くの人が参加して政策目標の実現のために他にいい政策がないかを含めて議論し、それでもということなら劇場の必要性を政策として位置づけるべきではないか」と指摘する。(末崎毅)
劇場新設への各候補者の主な訴え
太田正孝氏 必要ないしつくりません
田中康夫氏 既に多くのホールが存在する
小此木八郎氏 優先すべきは劇場ではない
坪倉良和氏 優先順位を再考
福田峰之氏 現状では建設すべきではない
山中竹春氏 断固反対。巨額の税金が必要
林 文子氏 必要だが事業化は慎重に考える
松沢成文氏 優先度が低い。市民合意もない
(届け出順。アンケートの回答などから)
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- 【視点】
22日投開票の横浜市長選で争点のひとつになっているカジノ(IR)とは別の視点で、日本における「政治と文化」のあり方を考えさせられる記事。どの候補者も現時点で新オペラハウス構想に消極的、懐疑的、否定的だ。もし「文化軽視」ならゆゆしき問題だが