香取慎吾「感じた何かが新たな始まり」 24日パラ開幕

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 東京パラリンピック開幕まであと4日。2017年に朝日新聞パラリンピック・スペシャルナビゲーターに就任した元SMAPの香取慎吾さんは、これまで30回の連載で様々なパラスポーツを体験し、選手たちと対談を重ねてきました。本番直前となる今回は、パラ陸上の佐藤友祈選手(31)とパラ射撃元日本代表で東京大会選手村副村長の田口亜希さん(50)と、コロナ下でパラリンピックを開催する意義について考えてみました。

 東京パラリンピック新型コロナウイルス感染拡大の中での開催となる。

 香取 東京大会が延期となって、開催に向けては本当に色々な声を聞いた。

 佐藤 コロナ下でもできることはあるのに、できないことばかりに目を向けて、中傷が選手に投げかけられることもあった。そうじゃないでしょ、と。体の一部が不自由でも「できる」。それを感じられるのがパラリンピック。きっと多くの人の思考が切り替わるきっかけになると思うんです。それこそ、コロナ下でもパラを日本で開催する意義じゃないですか。

 田口 パラを知り、障害のある人の存在を身近に感じる、大会にはそういった側面もあります。ただ、このコロナ下で、となると正直迷いもあります。感染者が増え、医療に負担をかけてしまったらどうしようという悩みは今も消えていません。答えは出ていない。でも私には裏方として大会を支え、盛り上げる役目がある。目の前のことを一生懸命やりきろうと。

パラの先まで応援を

 香取 僕は2020年の東京パラリンピックを目指し、応援を続けてきた。だからそのまま開催されていれば、気持ちはもしかしたらそこで切れていたかもしれない。「そうじゃないよね、もっと先まで応援しなきゃ」と気づかせてくれたのは、延期の期間があったから。応援させてもらっていると言いながら、選手と触れ合い、自分の心が強くなる言葉を聞いて逆に助けられていたことに気づいた。確かに延期となった時のショックは大きかった。でも、もう1年みんなに知ってもらえる、応援できる時間が増えたと前向きにとらえているんです。

 批判やネガティブな声をどう受け止めてきたのか。

 佐藤 立場が違えば考え方が違うのは分かっています。選手は開催をもちろん望みますが、飲食店で時短営業を余儀なくされている方はもしかしたら望まないかもしれない。学校の運動会は中止なのにアスリートの大会はやるのかといった意見もある。受け止めすぎると気持ちが沈んでしまいそうなので、そこは考えすぎないようにしています。

 香取 そうだよね。ネガティブな情報はたくさん入ってくる。ただ最近は、東京大会でボランティアの皆さんが着るユニホームデザインの選考委員として関わらせてもらって、暑い中で歩いている姿を見てグッときちゃった。色々な意見があってもこうして頑張ってくれていると思うと胸が熱くなった。

 東京五輪をどう見た?

 田口 私は五輪競技「射撃」のボランティアとして大会に関わりました。選手村副村長という立場もあり、選手にコロナ下だから行動規範を守って楽しんでねと言うと、「それはもちろん。開催してもらえただけで十分。ルールを守りながら、最高のパフォーマンスを見せたい」と返してくれたんです。つらい立場の人がいるのは分かっています。大会関係者以外にも選手の頑張る姿を見て、明るい気持ちになれたという人はいた。選手たちは大会を支えてくれる人たちの存在に感謝し、そして選手のパフォーマンスが人々を明るくしたのだとしたら、喜ばしいことだと思います。

 香取 開催に賛否がある中でも、選手の姿は見る者の力になったり、笑顔になったりするんだろうと思っていたけど、本当だなって。コロナ下ではこれまで感じてこなかった体内から湧き上がってくる感情があった。今回は五輪だったけど、これがパラだとどうなるのか。全部をパラに置き換えて考えていたんです。

 本番でパラアスリートたちは何を見せるのか。

ロンドンパラで見た光

 佐藤 人々の障害者に対する「できない」とか、マイナス面しか見ない視野を広げたい。それは自分が健常者から障害者になった時に、障害者は介助されないと生きていけない人、社会的弱者と思っていたからです。でも2012年ロンドン大会をテレビで見て、屈強な車いす選手がフィールドをさっそうと走る姿に衝撃を受けたんです。人間の可能性は無限だと僕は光を見た。それが競技を始めるきっかけとなりました。ネバーギブアップじゃないけど、そういうものを伝えなきゃいけないなと。

 香取 五輪では日本勢の活躍が目立った。総メダル数は史上最多の58個。これは佐藤さんにとって発奮材料になりそう?

 佐藤 緊張もしますし、次は僕の番だという思いにもさせられます。世界記録を更新して「金」獲得という目標に向けて、ワクワク感も感じています。五輪に続いてパラアスリートもベストをつくして、それぞれの目標を達成したいです。

 田口 私は大会期間中、選手村副村長とボランティアとして関わります。この大会が一発の花火、お祭りで終わるのではなく、何かを残さないといけない。パラアスリートの戦いを性別や障害のあるなしなど関係なくみんなで支え、そして共に働いていける社会の実現に向けてもっと多くの人を巻き込んでいければと。

 香取 僕の中でも何年も応援してきたものがついに本番を迎える。パラリンピックが光だとしたら、その光に向かって「みんなで行こうぜ」「応援しようよ」って走り続けてきた感じかな。期待は大会を契機に何かが変わることにある。その何かは多くの人がパラを知ることもそうだし、違いを認め合う大切さも。まずはパラリンピックを見て、そこで何かを感じられたら、それが新しい始まりになるんじゃないかなと思う。

 香取慎吾(かとり・しんご) 1977年1月、神奈川県生まれ。88年SMAP結成、メンバーの一員となった。2016年、SMAP解散。17年、稲垣吾郎さん、草彅剛さんと公式ファンサイト「新しい地図」を設立。ドラマや映画、CMなどに多数出演。近年は画家やファッションブランドのディレクターとしても活躍する。

 田口亜希(たぐち・あき) 1971年3月、大阪府生まれ。客船「飛鳥」の乗組員だった25歳の時に脊髄(せきずい)の血管の病気を発症し、車いす生活に。射撃と出会い、2004年アテネ大会から12年ロンドン大会まで3大会連続出場。東京2020組織委員会アスリート委員や東京大会選手村副村長などを務める。

 佐藤友祈(さとう・ともき) 1989年9月、静岡県生まれ。21歳で脊髄(せきずい)炎を発症し車いす生活に。2012年にパラ陸上を始め、リオデジャネイロ・パラリンピックで二つの銀メダルを獲得した。21年1月にプロ転向を表明。個人で活動するチーム名は「prierONE(プリエワン)」。