第4回不登校から都議に 伝えたい「こういう大人もいるよ」

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聞き手・三島あずさ
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 7月の東京都議会議員選挙で初当選した弁護士の五十嵐衣里さん(37)は、中学2年の頃から不登校になり、高校には進まずに職を転々としました。当時の思いや、自分の力を発揮できる場所を模索してきた歩みについて聞きました。

    ◇

 〈学校に行くのをやめたのは静岡県内の公立中2年のとき。(数字や文字でメッセージを伝える)ポケットベルで悪口を言われたことがきっかけだった〉

 数人の女子グループの中で順に仲間外れにしていく流れがあって、私の順番も来た、という感じでした。「キモイ」とか「シネ」とか、わざわざ公衆電話から送ってくるんです。財布からお金をとられたこともあり、ターゲットにされて1、2週間で登校をやめました。

 親は「とにかく学校に行きなさい。『行くふり』でもいいから、制服を着て出かけて」と。家にいられなかったので、友人宅やカラオケボックスで時間をつぶしていました。いかに雨風をしのぐかという日々で、全く安らげず、当時のことはあまり思い出したくないです。

 〈親が「学校には行かなくていいから、とにかく夜は帰ってきて。一緒に夕食を食べよう」と言ってくれたのは、1年ほどたってからだった〉

 すごく楽になりました。それまでは2日くらい家に帰らず、何も食べないこともあったので。でも、意義が感じられず、高校に行こうとは思いませんでした。

 不登校のまま中学を卒業し、求人誌を見て、「15歳以上OK」だった飲食店でアルバイトを始めました。

 いま思えば転機の一つだったのは、正月のシフトを決めるときの出来事です。

 店長から提示された出勤日について、無理だと伝えたところ、「明日から来なくていい」と怒られてクビになりました。悔しくてインターネットで調べたら、労働基準監督署というものがあると知り、相談に行ったんです。「それは不当解雇です」と教えられ、労基署からバイト先に連絡してくれて、30日分の給料が支払われました。

 法律を知らないと搾取される一方なんだ。自分も家族も守れないんだ。そう思い知りました。17歳か18歳のころのことです。

自己責任論」への違和感

 〈その後、クリーニング店の配送やトラック運転手など職を転々とした。高校卒業程度認定試験に合格して、24歳で静岡大学夜間主コースに入り、名古屋大学法科大学院に進んだ。30歳で司法試験に合格。4年間、参議院議員の政策担当秘書を務めた〉

#withyou~きみとともに~

◇学校に行きたくない、生きづらい……。長い休みが明ける前後、いつも以上にしんどさを感じる子どもたちに「ひとりじゃないよ」と伝えたい。「#withyou~きみとともに~」は、そんな思いを込めた企画です。同じように苦しんだ経験をもつ著名人からのメッセージや「居場所」に関する情報などを、随時掲載します。

 賃金が低く、将来も上がる見…

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