不登校から1年、救われた親の一言 私が都議になるまで

聞き手・三島あずさ
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 7月の東京都議会議員選挙で初当選した弁護士の五十嵐衣里さん(37)は、同級生から嫌がらせを受けた中学2年から、不登校になりました。高校には進まず職を転々とした時期を経て、24歳で大学に入り、議員秘書、弁護士、そして都議に――。その道のりや思いについて聞きました。

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 中学2年の途中で、学校に行くのをやめました。(数字や文字でメッセージを伝える)ポケットベルで、クラスの複数人から悪口を言われたことがきっかけです。「キモイ」とか「シネ」とか、わざわざ公衆電話から送ってくるんです。ターゲットにされてまもなく、登校をやめました。

 親は「とにかく行きなさい」。家にいられず、友人宅やカラオケボックスで時間をつぶしました。全く安らげず、当時のことはあまり思い出したくないです。

 1年くらいたって、親が「学校に行かなくていいから一緒に夕食を食べよう」と言ってくれて、すごく楽になりました。2日くらい帰宅せず、何も食べないこともあったので。不登校のまま中学を卒業。飲食店でアルバイトを始めました。

 いま思えば転機だったのは、正月のシフトについて店長ともめ、「明日から来なくていい」と「クビ」にされたことです。悔しくて調べたら、労働基準監督署というものがあると知り、相談したら「不当解雇だ」とバイト先に連絡してくれて、30日分の給料が支払われました。法律を知らないと搾取される一方なんだ、と思い知りました。

 その後、トラック運転手など職を転々としました。

 でも、賃金が低く、将来も上がる見込みがない。このままではまずいと思いました。もともと勉強は好きだったので、自分の特性を生かすために勉強をしようと、22歳で高校卒業程度認定試験に合格。24歳で大学の夜間コースに入り、法科大学院に進みました。

 大学では、社会の不公正や行きすぎた資本主義について、よく議論しました。さまざまなバイト先で、個人の努力ではどうにもできない環境にいる人たちを見てきたので、「稼いでいる人=(イコール)価値がある人」という価値観や自己責任論には強い違和感がありました。

 30歳で司法試験に合格し、国会議員の政策担当秘書を4年間務めました。弱い人にしわ寄せがいくのは政治のしくみがおかしいからではないか。そうした思いが強くなったからです。

 昨年、弁護士登録し、若者からのLINE相談にもかかわってきました。コロナ禍で「死にたい」という声が増えました。今後は議員として、自殺対策や、生きづらいと感じている若者の支援に力を入れたいです。

 学校に行かない時期があっても、いつでも学び直せます。だから、子どもから「学校に行きたくない」と言われたら、親はその意思を120%尊重してあげてほしいです。どんなことになら力を発揮できるのか。それは人それぞれだし、いろいろ経験してみないと分かりません。「正解」はない。私が言えるのは「こういう人もいるよ」ということだけです。(聞き手・三島あずさ)

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 〈いがらし・えり〉 1984年、愛知県出身。中学2年で不登校になり、卒業後、職を転々とする。22歳で高校卒業程度認定試験に合格し、24歳で静岡大学夜間主コースに入学。名古屋大学法科大学院に進み、30歳で司法試験に合格。議員秘書や弁護士活動を経て、7月の東京都議会議員選挙で初当選した。

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子どものための主な相談窓口

◆NPO法人チャイルドライン支援センターが運営するチャイルドライン(毎日午後4~9時)電話0120・99・7777

◆「24時間子供SOSダイヤル」電話0120・0・78310

いのちの電話フリーダイヤル(毎日午後4~9時)電話0120・783・556

◆児童相談所虐待対応ダイヤル(24時間)電話189