疎開中に沈没の対馬丸、慰霊祭 コロナ禍に励まし次々

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光墨祥吾
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 戦時中に撃沈された学童疎開船「対馬丸」の慰霊祭が18日、那覇市で営まれた。コロナ禍で規模は大幅に縮小。資料を展示する対馬丸記念館(那覇市)も来館者が激減するなか、励ましの手紙や寄付が遺族らを支えている。

 対馬丸は1944年8月22日、那覇港から長崎に向かう途中、鹿児島県のトカラ列島沖で米潜水艦の魚雷攻撃を受けて沈没した。犠牲者の全体数は不明だが、記念館によると、学童784人を含む計1484人の犠牲が判明している。

 那覇港近くにある慰霊碑「小桜の塔」であった慰霊祭では、参列者を限定し、記念館の職員ら約15人が黙禱(もくとう)をささげた。対馬丸に乗っていた一人で、記念館を運営する対馬丸記念会の高良政勝理事長(81)は「例年通りとはいかず心苦しい。慰霊祭を開くこと自体が、対馬丸の悲劇を伝えることに役立つと思っている」と語った。

 撃沈から60年の2004年に開館した記念館は、新型コロナの影響で約2カ月間の臨時休館などもあり、昨年度の来館者は、最も多かった14年度と比べ、8割減となった。

 そうした窮状を、命の大切さを記念館で学んだ来館者たちが支えている。

 昨年来館したという県外の小学生からは、ためた小遣いで寄付が寄せられた。手紙には「自分と同じ年くらいの子がたくさん死んでしまったことを知りました。これから平和になるようにがんばって勉強していきます」「たくさんの人に知ってもらいたいと思ってきふしました」とつづられていた。

 ほかにも「今後もずっと若い世代に伝えるために必要です」「たくさんの命の犠牲の上に今の幸せがあること 考え勉強する機会を与えてくれた」といった手紙が届いた。激励の手紙やメッセージは50通ほどに上るという。

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