レガシーワールドの背中知る元調教助手 馬術でパラ出場

松本龍三郎
[PR]

 1993年のジャパンカップ(GⅠ)優勝馬で、18日に32歳で死んだレガシーワールド。その背中を知る元調教助手が、24日に開幕を迎える東京パラリンピック馬術競技に出場する。

 宮路満英(みつひで)、63歳。周囲は親しみを込めて「みやじい」と呼ぶ。全競技の日本代表選手のなかで、2番目の年長者だ。

 高校時代から馬に興味があった。卒業後に北海道の育成牧場を経て、日本中央競馬会(JRA)の栗東トレーニングセンター(滋賀県栗東市)で働き始めた。調教師の補佐役を務め、競走馬の世話や訓練の腕を磨いた。

 最後に所属した森秀行厩舎(きゅうしゃ)では、レガシーワールドのほか、日本調教馬初の海外GⅠ制覇(1998年、仏モーリス・ド・ゲスト賞)を成し遂げたシーキングザパールにも携わり、米国のGⅠレースへ挑戦する遠征に付き添った。

 2005年の夏、脳卒中で倒れ、人生が暗転する。4週間後になんとか意識は取り戻したが、高次脳機能障害と右半身のまひが残った。仕事は諦めた。

 妻の裕美子さん(63)が支えたリハビリで、マラソンやスキーに挑戦するまでにはなった。でもやっぱり、馬が恋しかった。

 発症から2年後。見学のつもりで訪れた乗馬クラブで、久しぶりにまたがらせてもらった。すると、まひしたはずの右半身に不思議な感覚があった。「動いたんですよ、本当に」。周囲から見えないように、泣いた。「うれしいなって」

 本格的に競技に取り組むことに、裕美子さんは大反対した。「片方がまひして乗るなんて危なすぎる」。だがハンデを背負ってもなお、夫は馬の魅力に取りつかれていた。情熱に押し切られ、素人だった裕美子さんも乗馬を習い始めた。気がつけば、馬術の練習で夫のミスを厳しく指摘するようになっていた。

 16年リオデジャネイロに続くパラリンピック出場を決めた記者会見で、宮路は恥ずかしそうに言った。妻には「感謝しかない」。裕美子さんも「二人三脚で臨むので、そういう舞台に行かせてもらって感謝しています」。

 障害の程度で分かれる「グレード(G)」は重い方から2番目のGⅡ。演技の経路を記憶するのが難しい宮路のため、裕美子さんが「コマンダー」としてそばから指示を送る。

 2人で立てた東京大会の目標は「入賞だけど、欲を言えば3位以内にいきたい」。かつては世界を相手に競馬で戦ってきた宮路が、今度はパラ馬術で世界へ挑む。(松本龍三郎)