9・11から20年、泥沼化する対テロ戦争 見えぬ出口

ニューヨーク=中井大助 ワシントン=高野遼
写真・図版
世界貿易センターに航空機が激突したときの状況 米連邦緊急事態管理庁の資料、THE 9/11 COMMISSION REPORTなどから
[PR]

 2001年9月11日。4機の旅客機がハイジャックされ、米ニューヨークの高層ビルなどに突入した。前代未聞の同時多発テロ事件は世界に大きな衝撃を与え、米国は「対テロ戦争」へと突き進んだ。あれから20年。今年8月、米軍の支援を受けてきたアフガニスタンで政権が崩壊し、反政府勢力タリバンが国家運営の主導権を奪回した。米同時多発テロは米国を、そして世界をどう変えたのか。(肩書は当時)

犯人らがいるコックピットを襲撃した乗客たち

 「9・11」は2001年9月11日、米国で起きた同時多発テロ事件を指す。国際テロ組織「アルカイダ」のメンバー19人が、4機の旅客機をハイジャックし、高層ビルに突入させるなどした前代未聞の事件は、世界に大きな衝撃を与えた。

 米同時多発テロではまず、ボストン発ロサンゼルス行きのアメリカン航空11便と、ユナイテッド航空175便が乗っ取られた。午前9時前後、両機はニューヨークの世界貿易センター(WTC)の北棟と南棟に突っ込んだ。金融機関が集中するマンハッタン南端に位置し、それぞれ110階建てだったWTC両棟は73年の完成時には世界で最も高い建物で、米国の経済的繁栄の象徴だった。

 両棟とも、約1時間後に崩落。ビルにいた人々に加え、飛行機の乗員乗客や救助にあたっていた消防士や警察官など、計2753人が亡くなった。

 ワシントン近郊のダレス空港からロサンゼルスへ向かっていたアメリカン航空77便も乗っ取られ、午前9時37分にバージニア州の国防総省ビルに突っ込んだ。この現場では計184人が死亡した。

 ニューヨーク近郊のニューアーク空港からサンフランシスコへ飛ぶ予定だったユナイテッド航空93便も午前9時30分ごろにハイジャックされた。しかし、携帯電話で地上と通信した乗客らは、他の飛行機がビルへの突撃に用いられたと知り、犯人らがいるコックピットを襲撃。同機は約30分後、ペンシルベニア州の畑に墜落し、乗員乗客が全員死亡したが、その他の被害は免れた。犯人たちは、ワシントンのホワイトハウスや連邦議会議事堂を標的にしていたとされる。(ニューヨーク=中井大助

写真・図版
ハイジャックされた4機の航跡
写真・図版
ハイジャックされた4機の状況

「想像力、政策、能力、マネジメントの失敗」

 予兆はいくつもあった。事件を受け、米政府が設けた独立調査委員会(9・11委員会)は04年7月の最終報告書で、アルカイダの指導者オサマ・ビンラディン容疑者が米国の中東政策などに反発し、90年代から何度も攻撃を呼びかけていたと指摘。実際、アルカイダはアフリカで米国大使館を爆破したり、イエメン米海軍イージス艦に自爆攻撃したりしていた。

 米国内でもイスラム過激派によるテロ事件は起きていた。93年には同じWTCの地下駐車場に爆弾が仕掛けられ、6人が死亡。その後にはニューヨーク周辺のトンネルなどを爆破する計画も、警察の捜査によって摘発された。

 米国の情報機関も米同時多発テロの前からアルカイダのメンバーの動きを追い、01年8月にはブッシュ大統領に「ビンラディン、米本土への攻撃を決意」と報告していた。しかし、中央情報局(CIA)と連邦捜査局(FBI)の情報共有のまずさもあり、有効な手立てはとられなかった。9・11委員会の報告書はこう指摘する。「想像力、政策、能力、マネジメントの失敗だった」

 20年を経ても、解明されていない謎がある。特にビンラディン容疑者のほか、実行犯19人のうち15人がサウジアラビア出身だったことから、サウジ政府との関係は注目され続けている。

 米議会は02年、報告書でFBIなどからの情報とし、「実行犯の数人が米国で、サウジ政府と関連する可能性のある個人と連絡を取り、支援を受けていた」とし、引き続き捜査することを求めた。しかし、ブッシュ政権の意向でこの部分は非公開となり、16年にようやく機密解除された。

 米議会は16年、テロに関与した外国政府を相手に訴訟を起こすことを認める法律を成立させた。ニューヨークの連邦裁判所では遺族らによるサウジ政府相手の集団訴訟が続く。裁判官は20年、サウジ王室の関係者らの証人尋問を認めたが、まだ実現していない。(ニューヨーク=中井大助

写真・図版
世界貿易センターのビル群
写真・図版
ワシントン周辺
写真・図版
国防総省の状況

泥沼化した戦いの道、見えない出口

 「9・11」を機に、米国は対テロ戦争の幕を開けた。あれから20年、テロ根絶を目指した戦いは泥沼化の道を歩み、いまも出口を見つけるのに苦戦を強いられている。

 2001年10月7日。ブッシュ大統領がホワイトハウスで星条旗を背に宣言した。「テロ組織アルカイダの訓練基地と軍事政権タリバンに対し、攻撃を開始した」。自国を守るためには、先制攻撃も辞さない。テロとの全面戦争の始まりだった。

 戦いは拡大の一途をたどる。03年3月、ブッシュ政権はイラク戦争を開戦。フセイン政権が大量破壊兵器を持っているとし、放置すれば核や生物化学兵器がテロ集団の手に渡ってしまうことを理由に挙げた。

 イラクでは開戦から21日目にフセイン体制が崩壊。5月には戦闘終結を宣言した。だが、肝心の大量破壊兵器は見つからなかった。

 戦争が長期化するにつれ、米国内ではイラクからの撤退を求める声が高まるようになった。だが、軍事介入により中東での反米感情は高まり、いったん始めた対テロ戦争を終えるのは容易ではなかった。

 イラクでは手製爆弾などによる米軍への攻撃が続いた。撤退すれば、再びテロリストの温床になるとの恐れは拭えない――。イラク戦争の終結を宣言したのは、オバマ政権となった11年のことだった。

 それでも、イラクでの戦いは終わらない。次に過激派組織「イスラム国」(IS)が現れた。イラクで支配地域を広げるISに対し、オバマ政権は14年に空爆を再開。対テロ戦争の出口は遠のいた。

 アフガニスタンでの戦闘も泥沼化した。01年の攻撃開始後すぐに首都カブールは陥落した。だが拡大するイラク戦争の陰でタリバンが盛り返し、抵抗を続けていた。米軍撤退を目指しつつ、治安が安定しないジレンマに陥った。

 そんな中で17年に就任したのが「米国第一」を掲げるトランプ大統領だ。「何千億ドルも使い、戦うべき場所でない所で米軍は戦っている」。成果の出ない海外での対テロ戦争より国内課題を優先する考えを強調し、支持を集めた。

 実際、この20年で米国は対テロ戦争に多大なコストをかけてきた。米ブラウン大の研究チームによると、「9・11」後の戦争にかかった費用は20年度予算までに6・4兆ドル(約700兆円)。イラクアフガニスタンを中心に、戦地で死亡した兵士は7千人近くに達した。

 今年1月に就任したバイデン大統領もこうしたコストを強調し、今後は対中国や新型コロナウイルス対策など新たな課題に向き合うべきだとの考えを示す。8月末にはアフガニスタンの米軍を完全撤退させ、年内にイラクでの戦闘任務も終えることを決めた。

 米軍撤退を尻目にアフガニスタンではタリバンが勢力を拡大。ガニ大統領は8月15日、首都カブールを包囲した反政府勢力タリバンへの抵抗を断念し、国外に脱出した。米同時多発テロを契機に始まった米軍の駐留が終了するのを前に、ガニ政権は崩壊した。アフガニスタンイスラム過激派の温床になりかねないとの懸念が国際社会で強まっている。20年前に始まった「米史上最長の戦争」を本当に終えられるのか、先行きは見通せない。(ワシントン=高野遼)

写真・図版
米同時多発テロによる死者数
写真・図版
年表①
写真・図版
年表②
写真・図版
年表③