元中日・山本昌さんに聞くこわい打者、頼れる打者

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聞き手・太田匡彦
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 東京五輪野球日本代表は、正式競技となって初めて金メダルを獲得しました。五輪の影響で中断していたプロ野球もようやく再開。この機に、主に平成を通じて219勝を積み上げた名投手・山本昌さんとともに、平成・令和の本塁打王を振り返ってみました。

 ――2015年に引退するまで32年間、中日ドラゴンズでプロ生活を送り、平成で最も勝った投手です。最も印象に残っているホームランバッターは?

 長くやってきた中で、一番こわいと思ったのは、(横浜や中日で活躍した)タイロン・ウッズです。横浜スタジアムでの試合前、三塁側のファウルゾーンでストレッチをしていると、ウッズのフリーバッティングが嫌でも目に入ってきます。そこで打つのが、場外弾ばっかりなんですよ。びっくりしました。

 スイングスピードがとにかく速くて、ミスってボールが高めに行ったらもうアウトです。穴が大きい打者ではありますが、調子がいいときは、ヒットのほとんどが本塁打だったイメージ。好調時のウッズは、本当に対戦したくないバッターでした。

 フリーバッティングで驚かされたもう一人が、巨人の松井秀喜君。弾丸ライナーみたいな打球が、東京ドームの外野席のイスに「ガン、ガン」と音を立てて突き刺さっていくんです。やはり素晴らしい打者で、何本も本塁打を打たれました。でも松井君とは左対左だったので、気持ち的には若干優位に立てていました。

 ――打ち込まれたイメージのある打者はいますか。

 たぶん一番打たれたのが、広島時代の江藤智(あきら)。中日と広島は当時、ナゴヤ球場と広島市民球場という、ともに狭い球場をホームにしていたチーム同士。しかも広島には緒方孝市、野村謙二郎、江藤智前田智徳といった好打者がそろっていて、広島との対戦は燃えました。

 なかでも江藤は、ホームランバッターらしいホームランバッターでした。放物線を描く、滞空時間の長い打球が印象に残っています。詰まったような本塁打がないのも特徴でした。打たれた後、後ろを振り返って「入らないでくれ」なんて思う余裕を与えてくれない。打たれた瞬間に「ああ、入った」と、あきらめざるを得ないような本塁打でした。低めの球もうまくひろうので、彼が調子のいいときに対戦するのは嫌でしたね。

 ――ウッズも中日時代は同僚でしたが、味方として頼りがいのあったホームランバッターと言えば。

 それはもう、落合博満さんで…

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