第3回「モスクワ形式」でタリバン取り込み 自信深めるロシア

有料会員記事アフガニスタン情勢

モスクワ支局長・喜田尚
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揺らぐ世界秩序 アフガン政権崩壊 (3)

 2001年10月、アフガニスタンで米軍の空爆が始まった翌日の夜、東部パルワン州チャリカルにいた。月明かりのない夜、真っ暗な丘陵地に身を潜め、南の地平線に半円状の光が立ち上がるのを見た。しばらく後に「ドーン」という音が伝わってきた。首都カブールの軍事目標を狙った巡航ミサイル攻撃だった。

 アフガニスタンの政権崩壊とイスラム主義勢力タリバンの台頭は、今後の世界のあり方をどう変えていくのか。米国、中国、ロシア、中東、欧州、アジア。それぞれの地域の特派員が読み解く。

 ニューヨークの世界貿易センタービルに乗っ取られた旅客機が突入した米同時多発テロから間もなく、私は北の隣国タジキスタンからアフガニスタンに入り、タリバン政権と対立する「北部同盟」の支配地にとどまっていた。

 前線の砲撃戦も経験したが、米軍のミサイル攻撃の破壊力は異次元だった。空爆の支援を受け首都攻略を狙う北部同盟の兵士でさえショックを受け、「あの下では子供たちがおびえているんだ」とつぶやいたのを覚えている。タリバンがカブールから敗走したのはそれから約1カ月後だった。

 バイデン大統領はこの20年を「米国の最も長い戦争」と呼んだが、アフガニスタンの戦争はそのはるか以前から続いていた。東西冷戦下、社会主義政権を支えるためソ連軍が侵攻したのが1979年。米国の支援を受けたムジャヒディン(イスラム戦士)勢力との泥沼の戦闘となり、10年後に撤退。政権は92年崩壊し、今度はムジャヒディン各派の内戦に発展した。96年タリバンがカブールを制圧するとタジク、ウズベク人勢力中心に結成された北部同盟との戦闘が続いた。

ソ連時代、介入のトラウマ

 私はタリバン敗走後のカブー…

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