母の遺品から戦死の父の手紙300通 ネットで一部公開

森川愛彦
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 太平洋戦争中、ニューギニアで戦死した長崎県出身の軍医がいた。生前に戦地から家族に送った174通の手紙が、故郷の同県諫早市美術・歴史館で公開されている。当時は検閲の制約があったが、文面には家族へのあふれんばかりの愛情や慈しみが表れており、それを引き裂いた戦争の残酷さを読む者に伝えている。

 手紙は、同市在住の大塚梓(あずさ)さん(84)が母綾子さんの遺品を整理した際に見つけた。父格(いたる)さん(享年37)が1939年11月から44年初めまで家族に送り続けた手書きのもので、300通以上ある。大塚さんは昨年、すべてを市に寄贈した。

 格さんは07年に旧長田村(現諫早市)で生まれ、長崎医大(現長崎大医学部)を卒業後、39年に陸軍軍医として入営。中国・山西省勤務の後、43年にニューギニアへ転戦し、翌年、戦死した。大塚さんによると、綾子さんとは恋愛結婚で、大塚さんと弟の2人の子に恵まれた。出征は大塚さんが2歳の時で、弟は出征中に生まれたという。

 手紙は自分が無事であることや、部隊での生活の様子を伝え、大半は家族の暮らしを気遣う内容。綾子さんを「A坊」と呼び、「健康を祈る」「お互いに字の稽古をいたしましょう」と呼びかけたり、時には「留守部隊綾子隊長殿」と記したり。ユーモアも交じった文面からは深い愛情がうかがえる。検閲を受けることを考え、夫婦にしかわからない暗号を使ったものや、戦地や戦友の様子を色鉛筆で描いた克明なスケッチも多数含まれている。

 大塚さんは格さんについて、「一時帰宅した時、お馬さんごっこで背中に乗せてもらったことが唯一の思い出」という。「大勢の人に手紙を読んでもらい、父がいかに家族を愛していたか、それを壊した戦争とはどういうものかを考えてもらえれば、父や母の供養になると思います」と語った。

 手紙は、諫早市美術・歴史館の企画展「追憶―戦地からの手紙―」で22日まで公開(入場無料)。一部は市のホームページ(https://www.city.isahaya.nagasaki.jp/post06/80728.html別ウインドウで開きます)でも公開している。(森川愛彦)