ガラス越しに最後の面会 亡き祖母と約束した甲子園

仙崎信一
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 樟南(鹿児島)の遊撃手、尾崎空君(3年)は春に亡くなった祖母と約束した甲子園出場をかなえた。幼い頃から世話になった祖母に感謝の気持ちを込め、この日の三重との試合で懸命のプレーを見せた。

 福岡県久留米市の出身。祖母の本村順子さんは筑後川を挟んで隣り合う佐賀県みやき町に住んでいた。車で30分ほど。両親は共働きで、幼いころはよく面倒を見てくれた。

 「小さい時、高熱が出ると迎えに来てくれた。野球の試合にも応援に来てくれたし、つらい時は優しい言葉をかけてくれた」

 「堅守」のチームカラーに憧れて樟南に進むと、本村さんは「甲子園に行って頑張っている姿が見たい」と言っていた。「きついことも乗り越えて」と、励ましの手紙もくれた。

 病気が見つかったのは昨年暮れ。膵臓(すいぞう)がんで、12月に入院した。見舞いに行きたかったが、鹿児島で寮生活をしており、新型コロナウイルスのこともあって、すぐには駆けつけられなかった。

 面会がかなったのは今年の元日。入院していた福岡の病院を家族と訪ねた。ガラス越しの面会。祖母は車いすに乗って現れた。「空君、大きくなったね」。やせていたが、笑顔は変わらない、いつものやさしいおばあちゃんだった。

 15分ほどの面会で学校のことや寮生活のことを話した。そして一つの約束を交わした。

 「甲子園に連れて行ってね」「絶対に連れて行く」

 これが最後の面会になった。病気は、家族も予期しないほどの早さで進行し、順子さんは4月22日、74歳で亡くなった。悲しみのあまり、周囲が心配するほど調子を落とした。

 5月の県選抜大会が終わったころ、母の幸恵さん(41)によると、尾崎君は「おばあちゃんが夢に出てきた。笑っていた」と話した。「自分を信じて」という祖母の言葉を頼りに、後悔しないように練習に打ち込めるようになった。甲子園出場をかけた鹿児島大会では調子を取り戻し、4割7分を超える打率でチームに貢献した。

 この日の三重との試合も遊撃手として先発。一回には軽快にゴロをさばき、相手の先取点を阻んだ。

 「おばあちゃんに勝利を届けたい」と天を見上げたが、チームも敗れ、尾崎君も無安打に終わった。

 「大舞台で活躍するということがかなえられず、残念だった」と尾崎君。それでも「約束を果たせてよかった」と振り返った。(仙崎信一)