おなかにいた孫、名付け遺影つくった 土石流が奪った命

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福冨旅史、比嘉展玖
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 77人が犠牲となった広島土砂災害から7年となった20日、各地で追悼行事が開かれた。遺族や被災者は犠牲者の死を悼み、風化を防ぐ決意を新たにした。

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 「娘たちに会いたい。抱きしめたい。その気持ちは変わりません」。広島市安佐南区八木3丁目の砂防ダムの前にある慰霊碑。20日未明、香川県東かがわ市の会社員若松順二さん(58)が手を合わせていた。全壊したアパート「ルナハイツ」に住んでいた次女の湯浅みなみさん(当時28)と夫の康弘さん(同29)、みなみさんのおなかにいた孫を亡くした。

 午前2時半。若松さんは毎年、3人の命を奪った土石流が発生したこの時間に駆けつけ、手を合わせる。「ここに来れば、会えるような気がするんです」

 被災の3日前まで香川県の自宅で一緒に過ごした。「もうすぐ孫ができるね」。笑いながらそんな話をし、広島市内に戻る車を見送った。目を疑うニュースが飛び込んだのはその直後だった。約5日後、現場近くから遺体で見つかった。

 亡くなった孫は「もみじちゃん」と名付けた。みなみさんと康弘さんの顔写真を合成し、遺影もつくった。7年間にできた5人の孫と一緒に遊ぶとき、今頃は小学1年生になるはずだったもみじちゃんの姿を想像する。「一緒にキャッチボールしたかった」

 慰霊碑には、みなみさんたちが好きだったお酒やジュースを供えた。「家族3人、幸せに過ごしてね」

 広島市安佐南区八木3丁目の…

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