ぜんぶなくなるかもしらん その時は、知らん誰かが

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 階段を上って歩道橋に立つと、炎天下だというのに身体を折りたたんでひたいを地面にぴったり付けた男性がいる。その先にはプラスチックのお椀(わん)が置かれていて、直前までふざけていた子供は急に遭遇した光景に黙っている。周囲からはセミの声が聞こえていた。これはクマゼミやっけ。アブラゼミやっけ。と考えながら私は子の前でしゃがみ、きみが今ちらっと見たあの人はな、物乞いのおじさんやで、と言った。

 わたしは財布から百円玉を5枚出して、きみは何もせんでいいからここで見とき、と言い地に伏せたままの男性の所に行った。音で気付いてほしいと思いながら少し上からお椀に小銭を入れた。そして子供の手をとって歩き出す。

 きみは今日はおいしいかき氷を食べに電車に乗ってここに来たわけやろ。きみにはいま横におとうさんがおって、帰る家があって、遊ぶゲーム機があって、おかあさんがいて、ともだちがおるけれど。それは当たり前なんじゃなくてたまたまやな。だから何かのはずみで今あるものがなくなってしまうかもしれへんけど。

 なくなるのはひとつかもしらんし。ふたつかもしらんし。ぜんぶなくなるかもしらん。

 それもまた人生っていうか…

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