柳沢慎吾さんと甲子園 今も昔もテレビにかじりついた

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 これまで多くのゲストに甲子園球場にお招きし、熱戦をご覧いただきました。今夏の球児らへのメッセージとともに、「観戦記」の一部を再びお届けいたします。

俳優 柳沢慎吾さん

 甲子園出場おめでとうございます。コロナ禍での練習はとても大変だったと思います。甲子園に出場できなかった球児の思いを胸に、日頃練習してきた成果を思う存分発揮し、仲間を信じ、自分を信じて、そして感謝の気持ちを忘れずに聖地甲子園で頂点を目指して頑張って下さい。

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(2004年8月19日 第86回大会 駒大苫小牧6-1横浜の準決勝ほか観戦)

 幸せだなあ。2度目の甲子園で、地元の横浜の試合を観戦できる。母校の校歌は忘れたけど、横浜の校歌は口ずさめる。

 試合前。渡辺(元智)監督は、ノックをしていない。病気の回復具合が気になる。

 高校野球は、幼稚園に入る前から、テレビで見ていたと両親から聞いた。第1試合から第4試合まで。親がテレビのチャンネルを高校野球にあわせると、落ち着きのない僕が、黙って見ていたそうです。

 横浜の一回の攻撃。生で聞く応援はカッコイイ。携帯電話の着信音に登録しているチャンスでの応援曲が聞こえてきた。歌詞はテレビ中継で覚えた。

 野球はもっぱら見るだけだが、小学生の時、ソフトボールの試合に出たことがある。外野を守った。飛球が来たら突然、「シンゴー。捕れ」と母親の声が聞こえて驚き、おでこに球をあててしまった。すぐ交代させられ、自分には向いていないと思った。それ以来、ソフトボールもやっていない。

 三回。横浜が2球続けてスクイズを試みたが、失敗した。らしくないな。五回を終え、0―4。駒大苫小牧はよく打つ。でも大丈夫。逆転してくれる。

 夏の大会の準々決勝から決勝の時期は、仕事があっても、撮影時間と試合が重ならないようスタッフにお願いしている。独身時代は毎夏、自宅のクーラーを切り、汗をかきながら、スイカを食べてテレビを見た。甲子園の雰囲気を味わっていた。

 七回に追加点を入れられ、5点差。松坂(現西武)が出てこないかなあ。友人から電話が来た。「もうあきらめろ」だって。

 九回2死。2番打者が三振。負けちゃった。選手が泣いている。僕も目がうるんできた。高校野球は負ければ終わり。何がおきるか分からないドラマ、応援、涙。すべてが好き。

 応援している学校が負けると寂しいなあ。勝った駒大苫小牧は立派。優勝してほしい。でも、僕の夏はもう終わった。決勝が終わればもう秋。横浜には来年もまた甲子園に来て欲しい。僕も必ずまた来ます。=抜粋

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 やなぎさわ・しんご 俳優。1962年、神奈川県小田原市生まれ。59歳。79年、ドラマ「3年B組金八先生」でデビュー。その後、ドラマ「ふぞろいの林檎(りんご)たち」「味いちもんめ」シリーズ、大河ドラマ八重の桜」、連続テレビ小説「てっぱん」などで俳優として活躍する一方、バラエティー番組やCMにも幅広く出演。