住宅街の普通の民家、実はお化け屋敷 呪いの家誕生の訳

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松田果穂
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 「日本一暑いまち」を掲げる自治体は全国にいくつかあるが、群馬県館林市もかつてその一つだった。そんなまちの住宅街の一角に、ひんやりできそうな手作りのお化け屋敷があると聞いて、涼みに行った。

 外観は普通の民家だが、玄関には怪しげなお面や絵画がずらり。幽霊とはほど遠い朗らかな笑顔で迎えてくれたのは、管理人の木村撤さん(24)だった。

 このお化け屋敷にまつわる物語を木村さんが教えてくれた。

 住む人が次々と死を遂げる「呪いの家」。事故物件として安く家を買って住み始めた夫婦の妻が、家を災いから守っていた護符を割ってしまう。再び怪異が起き始めた家で、割れた護符を探し出してつなぎ合わせれば無事に帰れる――。

 なるほど、ぜひとも無事に帰りたい。覚悟を決め、ギギギ……ときしむ扉を開けて中に入った。

 親族が住んでいた家をそのまま使っている。昭和の香り漂う家財道具に妙な生活感が宿る。不気味だ。暗闇の中を歩く。角という角から何かが飛び出してきそうだ。足取りが重くなる。

 意を決して通り抜けた先で足に何かが当たった。恐る恐るライトで照らして後悔。血まみれの女性がこちらをにらんでいた。

 5分ほどでなんとかゴール。明るい玄関に戻ってくると、安心感からか変な笑いがこみ上げてきた。木村さんは「その『怖楽(こわたの)しい』の笑顔が見たくてやっているんです」と笑う。

映画にも参加の造形作家、コロナがお化け屋敷のきっかけに

 木村さんも実は「普通に怖がり」と言う。人を驚かせ楽しませる仕事に就きたいと思い、今の場所に初めて手作りお化け屋敷を開いたのは2015年だった。

 特殊造形の専門学校に通っていた。1922(大正11)年創業のお化け屋敷設計会社「丸山工芸社」(栃木県佐野市)でアルバイトもしながら、技術を学んでいた。初めは、練習や勉強を兼ねた自己満足の場としてこの家を使っていた。

 卒業後はフリーランスの造形…

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