鉄道遺構「高輪築堤」国史跡へ 異例のスピード指定

神宮桃子、小川崇
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 1872(明治5)年に日本初の鉄道が新橋―横浜間で開通した際、海上に線路を敷くために造られた「高輪築堤」(東京都港区)の遺構が史跡に指定される見通しになった。文化審議会が23日、同じ鉄道開業時の史跡である「旧新橋停車場跡」(同区)に追加指定し、名称を「旧新橋停車場跡及び高輪築堤跡」にするよう文部科学相に答申した。

 遺構は、JR東日本が再開発を進める一帯で見つかった。文化審議会の分科会は3月、文科相に諮問される前の段階ながら、「(一部は)国の史跡として指定するに値する」として現地保存を求める異例の意見表明を行った。JR東は4月、一部を現地保存し、ほかは移築や記録にとどめて撤去する結論を出した。

 文化庁によると、埋蔵文化財の場合、保存の方針が決まってから史跡の指定まで数年かかるケースが多いが、今回は緊急に取り組む必要があるとして4カ月でのスピード答申となった。

 高輪築堤は海の浅瀬に盛り土をして石垣で固めた堤。現在のJR田町駅付近から品川駅付近まで約2・7キロにわたって築かれた。2019年に品川駅改良工事の際に石垣の一部が見つかったのをきっかけに、計約800メートルの遺構が確認された。史跡に指定されるのは現地保存される部分で、当時の漁師らの舟が堤をくぐり抜けて沖に出られるように設けられた橋梁(きょうりょう)部分などを含む計約120メートル。

 当時の遺構が良好に残り、交通の近代化や土木技術の歴史を知る上で重要とされる。築堤は英国人技師の指導の下、日本の伝統的な技法が使われた。英国と日本の両方の技術によって造られている点でも、明治日本の文明開化を象徴していると評価された。

 JR東が高輪築堤の調査や保存について議論するために設けた有識者委員会の委員長を務める谷川章雄・早稲田大教授(日本考古学)によると、当時海上を走らせた鉄道は世界でも珍しい。谷川教授は「非常に早く史跡指定が決まることで、整備や活用の方針を立てるきっかけになる。高輪築堤の指定を機に、明治以降の近代の遺跡に関心が高まり、重要性が理解されるようになることを期待する」と話した。

 高輪築堤を2月に視察し、開発と保存の両立を求めた萩生田光一文科相は「大変喜ばしく思う」とする談話を発表。「国民共有の文化財として貴重である高輪築堤跡が、今後、史跡として適切な保存と活用がなされるよう努めてまいります」とした。

 JR東も答申を受けて取材に応じ、担当者が「答申は、鉄道会社である弊社にとっても大変意義深い。指定をふまえ、築堤の保存公開について引き続き検討し、価値を次世代に継承し、地域の歴史的価値向上と地域社会への貢献を目指していく」と話した。(神宮桃子、小川崇)