聞かれなくなった「自助、共助、公助」

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アナザーノート 伊藤裕香子経済部長

 1年ほど前、菅義偉首相が繰り返していた言葉があります。

 「私がめざす社会像、それは自助、共助、公助、そして絆であります」

 討論会ではこの言葉を書いたボードを掲げ、「まずは自分でやってみる。そして、地域や家族がお互いに助け合う。そのうえで政府がセーフティーネットでお守りします」と説明していました。

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 「自助、共助、公助」は災害や社会保障の世界では、ずっと言われてきた言葉です。しかし、菅首相の言い回しには「まずは自分で、そのうえで政府の順なのか」といった反発もSNSなどで広がりました。

 真っ先にあるのは自己責任で、公のセーフティーネットは最も遠い。そう、冷たく響いたのでしょう。

 コロナ禍は深まる一方です。いま、首相からこの言葉が聞こえてくることは、ほとんどありません。

難病患者の思い

 7月のおわり、取材で知り合った岡部宏生さん(63)が、テレビの番組に出ていました。

 「人間はどうやって生きていくかだけで価値を断定しがちです。しかし、生存こそが尊厳であることを、考えてほしいです」

 岡部さんは、徐々に全身の筋肉が衰える難病の筋萎縮性側索硬化症(ALS)を患い、いろいろな共助や公助に支えられて生きています。

 1年前の首相の言葉と反響を、思い出しました。「自助、共助、公助」とは、そもそも何? すべての国民に「健康で文化的な最低限度の生活」を営む権利がある、とうたう憲法25条の生存権は、どこまでこの三つの組み合わせで守られているのでしょうか。

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コロナ禍に「介護者のみなさん」へのメッセージを掲げた岡部宏生さん=2020年春、岡部さん提供

 久しぶりに、岡部さんと話しました。ヘルパーさんが持つ文字盤を目で追って、答えが戻ってきます。

 「自助、共助、公助、大切な考え方ですが、みんなが安心を感じられる社会が実現しているかと言うと、極めて難しいですよね」

 岡部さんが「あてにならない公助」の一例として挙げたのは、オリンピック開催国なのに遅れたコロナウイルスワクチン接種、10年が過ぎてもなお課題が残ったままの東日本大震災からの復興や原発事故などでした。

 自助だけでは届かず、共助や公助が欠かせない人たちは、日本だけでなく世界の貧しい国にもいることは忘れてはいけない、と指摘します。

 岡部さんは建設会社に勤めた後に独立して、コンサルタントとして「経済合理性にどっぶりつかった」生活をしていましたが、48歳でALSを発症しました。

 「経済合理性だけで語れば、私たち難病患者や高齢者は世の中にマイナスの存在になってしまいます。セーフティーネットは、一度救えば社会の枠組みに戻れる人だけを、救うものでしょうか」

 新たな問いも、加わりました。

だれもが弱者に

 岡部さんの文字盤を追う目は、別の政治家の発言にも向かいます。

 やはり1年ほど前、麻生太郎副総理が高校生に話した「政治に関心がないことは、そんなに悪いこっちゃありません。政治に関心がなくても生活できるくらい、いい生活をしているということですから」です。

 岡部さんも、どちらかといえば政治に関心はなかったそうです。

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コロナ禍に介護職などへのメッセージを掲げた岡部宏生さん=2020年春、岡部さん提供

 「でも、最重度の難病になって、圧倒的に関心を持つようになりました。他人事(ひとごと)ではなくなったからです。平均的な人には平均的な暮らしがいちばん受け入れやすいでしょうが、だれもがいつでも弱者になることがある。それはコロナ禍が証明しました。たくさんの人が『自分の問題』として社会の姿を考えれば、政治家も、共助や公助も動くはずです」

 そこで、「政治に関心がない…

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