国内外で処分された「上海文学」 幻の1冊、教授が発見

知る戦争

渡辺元史
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 戦時下の中国・上海で発行されていた文学雑誌「上海文学」。全5巻のうち、第2巻だけ所在が分かっていなかったが、奈良大学文学部の木田隆文教授(日本近代文学)が6月、東京の古本屋で発見した。木田教授は、「近代文学史の空白を埋める史料になる」と話す。

 上海文学は1943年4月、日本の支配下にあった上海で、文化統治政策の一環として出版された。日本の国策新聞・大陸新報社が現地の文学者を集めて上海文学研究会を結成し、出版した。プロデューサー的な役割を果たしたのが、当時同社の記者だった奈良出身の詩人・池田克己だった。

 上海文学には、池田のほか、上海にいた日本の文学者が作品を寄せた。「長江デルタ」で芥川賞を受賞した多田裕計や、「ひかりごけ」の武田泰淳らも執筆していた。今回見つかった第2巻は43年10月発行。詩6編、随筆3編、小説2編で構成され、芥川賞候補となった黒木清次の「棉花記(めんかき)」も収録している。

負の記憶 10年探してようやく

 上海文学が発行された経緯から、国策を強烈にアピールする作家もいた。池田にもそういった側面があった。あえて日本語で随筆を発表した中国人作家もいた。一方、武田は国策機関だった中日文化協会が舞台の小説で、現地の中国人と接するうえで、立場の悩みを吐露していた。

 木田教授はこうした小説や詩を踏まえ、「日中の作家とも、日本軍に協力せずには活動できなかった時代。葛藤しながらも上海文学で作品を発表した。池田も作家たちの活動を支えるために、国策に協力したのではないか」と分析する。

 上海文学のような戦時中の文学は、長らく負の記憶として国内外で処分された。戦争が文学に与えた影響を伝える史料は少ない。実際、第2巻は木田教授が10年間探し続けてようやく見つけた。第5巻は実物が手に入らなかったが、上海の図書館で複写できた。

 木田教授によると、上海文学は外地の日本文学の全体像が見えるほか、国際都市・上海を間接的に支配した日本が、諸外国とどう向き合ったかが垣間見える史料になるという。

 そのうえで、木田教授は「戦時中の文学が長らく負の遺産とされたように、史料の解釈は時代によって異なる。大事なことは、消えゆく史料をしっかりと記録・保存して次世代に引き継ぐこと。今回はそれができてうれしく思う」と話した。(渡辺元史)

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