第1回「映画のワンシーンではない」 漂う命に私は目を疑った
紺碧(こんぺき)の海で、命が軽んじられていた。白亜の町並みや美しいビーチが人々を魅了するエーゲ海。ギリシャとトルコを隔てる海で、欧州を目指す難民や移民の上陸を阻止する、「プッシュバック(押し返し)」と呼ばれる行為が続いている。トルコ当局の許可を得て、現場に入った。
政情不安や紛争などで自らの国を追われ、国外に避難する人たちが世界で後を絶たないなか、ギリシャとトルコを隔てるエーゲ海で押し返され、危険な状況に置かれる難民らに現場取材で迫る連載です。全2回です。1回目は、記者がトルコ当局による密航船の救助活動に同行します。海上で繰り広げられる衝撃的な光景が記者の目に飛び込んできました。
7月1日午前10時50分、同行したトルコ沿岸警備隊の巡視艇が、西部クシャダスの港からエーゲ海に向けて静かに滑り出した。「30~40人を乗せた密航船が漂流しているとの情報がある」。司令官が険しい表情を見せた。
約40分後、船が速度を落とした。
「あそこだ」。私は乗組員の言葉に300ミリの望遠レンズを向けた。ギリシャの沿岸警備隊とみられる船2隻が、白波を立てながら高速で動き回っている。すぐそばには密航船がかすかに見えた。自力航行ができず、2隻が通り過ぎるたびに波間に上下する。
「ああやって波をつくって、船をギリシャ領海からトルコ領海に追いやる。これが『プッシュバック』だ」。乗組員がつぶやいた。だが、潮と風の流れのせいで、密航船は一向にトルコ領海に入ってこない。
「目の前にいるのに、何もできないのか?」。私が聞くと、乗組員は「我々がギリシャ側に進入して助けることはできない。こんな時、子どもを見ると本当に可哀想に思う。自分には、3歳の子どもがいるから」と言った。
手元の気温計は33度だが、直射日光が強烈に照りつけ、肌がじりじりと焼ける。漂流している人たちを見守ることしかできなかった。
発見から4時間半後、業を煮やしたトルコ側は無線でギリシャ側に警告を発した。「移民のボートがギリシャ領海にいる。即座の救出が必要だ。ギリシャの沿岸警備隊は彼らの危険な状況に責任を負うことになる」
20分後、船内がざわつく。ギリシャ側からの応答だ。「ボートはトルコの領海にある。今すぐ対応せよ」
トルコの沿岸警備隊と同行した記者が歯がゆい思いで見守る中、事態が動き始めます。記事後半では、難民たちの思いや母国を出ざるを得なかった実情などを取材しています。救出の一部始終をおさめた動画もご覧になれます。
密航船に近づくと、こちらの…