第2回当局は押し返しを否定 でも、あの家族は「ここにいた」

有料会員記事

ギリシャ・レスボス島=高野裕介
写真・図版
プッシュバック エーゲ海に漂う命② デザイン・野口哲平
[PR]

 夏のバカンスを楽しむ人々に交じって空港の玄関をくぐると、目の前に海が開けた。エーゲ海に浮かぶギリシャ・レスボス島。2週間ほど前に歩いたトルコ西部バーデムリ周辺の海岸線が遠くに見えた。

【連載】「プッシュバック エーゲ海に漂う命」の初回はこちらへ

政情不安や紛争などで自らの国を追われ、国外に避難する人たちが世界で後を絶たないなか、ギリシャとトルコを隔てるエーゲ海で押し返され、危険な状況に置かれる難民らに迫る連載です。連載2回目では、ギリシャから「プッシュバック」された後、トルコ当局に救出されたアフガン人の女性がたどった軌跡を追います。

 7月2日夜、エーゲ海でトルコの沿岸警備隊に救出されたアフガニスタン人のザハラさん(28)は、家族とともにこの島に一度はたどり着きながら、ギリシャ当局によって海のど真ん中に連れ戻され、放置されたと訴えた。私はこの島で、彼女の証言を確かめたかった。

 タクシーに乗り、約5キロ離れた島の中心地ミティリニに向かった。車窓からは、観光客や地元の人たちが透き通った水で泳ぐ姿が見えた。

写真・図版
ビーチでは観光客や地元の人たちが海水浴を楽しんでいた。対岸には、トルコの海岸線が見える=2021年7月22日、ギリシャ・レスボス島、高野裕介撮影

 「910」。ミティリニ港に到着すると、見覚えのある番号が付された船が停泊していた。携帯電話に保存していた写真と見比べる。間違いない。ザハラさんらの救出現場に立ち会った際、接近したギリシャ沿岸警備隊の船だった。

 調べてみると、ザハラさんはこの島に到着したとき、ギリシャ当局による「プッシュバック」の実態を調査しているノルウェーのNGOに連絡を取っていたようだ。

〈プッシュバック(押し返し)〉 欧州を目指す難民や移民の上陸をエーゲ海でギリシャ当局が阻止する行為とされる。波をつくったり、エンジンを外して牽引したりして、船を自国領海から隣接する領海に押しやる方法がとられている。

【動画】難民や移民の上陸を阻む「プッシュバック」=メスット・クチュクアルスラン、高野裕介撮影

 ザハラさんが上陸した場所は見当がついていた。だが、あからさまに取材をすれば、プッシュバックについて神経をとがらせるギリシャ当局の目を引くことになると、地元の人に忠告を受けた。私がこれまで取材してきたイラクシリア報道の自由が制限されているサウジアラビアなどの湾岸諸国と、ギリシャとは違う。そうは思いながらも、不安は消えなかった。

 島の南部で主要道から外れた。木々に囲まれ、車1台がやっと通れるほどの砂利道を30分以上進む。地元のタクシー運転手も慣れておらず、私がグーグルマップを頼りに道案内した。夏の間に別荘として使う住宅が数軒あるばかり。突き当たりに美しい入り江があった。

 夕方、平屋建ての一軒家を訪ねると、ヤニス・マヌソスさん(60)が上半身裸のまま出迎えてくれた。「最近、この人たちを見かけませんでしたか?」。私が携帯電話の画面を見せると、ヤニスさんは指さした。「この女性ですね。確かにここに来ました」。ザハラさんだった。そして、こう続けた。「こっちの人がご主人だね。さすがに名前は覚えていないけど」

写真・図版
レスボス島の港に停泊していたギリシャ沿岸警備隊の船。船首には、ザハラさんが救助された海域で遭遇した船と同じ番号が記されている=2021年7月18日、ギリシャ・レスボス島、高野裕介撮影

 ヤニスさんによると、自宅前で畑仕事をしていた午前9時ごろ、山の上からザハラさんら4人が降りてきた。その後に数人が続き、計9人に。山の向こう側にある入り江にゴムボートで到着したのだという。「島の支援団体と連絡を取り、キャンプへの入居を登録してもらう。それまでは、お願いだから誰にも通報しないで欲しい」とザハラさんらは訴えた。

 水やビスケット、子どもには牛乳を与え、1時間ほど自宅のWiFiを使わせた。ヤニスさんにとって、彼女たちを助けたのはごく自然なことのようだ。「密航者が多かった2015年には一度に43杯のコーヒーを用意したこともあったよ」と笑った。

 その後、「教会に行って待てと言われたのですが、どこですか?」と聞かれたという。ヤニスさんの家から数百メートル先にある白い建物だ。「ここにいることを証明するために、写真やビデオを撮るとも言っていたよ」。連絡を取っていたNGOの指示だったとみられる。

写真・図版
地図

 ただ、私には疑問も残った。なぜ言葉も通じぬアフガニスタン人との会話が成り立ったのか。そこに、ヤニスさんがザハラさんらの顔をはっきりと覚えていた理由があった。

言葉が通じないはずのザハラさんたちのことが島民の記憶に残っていたのはなぜだったのでしょうか。そして、押し返されたザハラさんたちのことをギリシャ側はどのように説明するのか。レスボス島にたどり着いた難民らの窮状も取材して、アフガニスタンで政権を奪取したイスラム主義勢力タリバンから脅しを受けた難民にも取材しています。取材内容は記事後半にある動画でもご覧になれます。

 ザハラさんの夫だという男性…

この記事は有料会員記事です。残り3828文字有料会員になると続きをお読みいただけます。

【10/25まで】スタンダードコース(月額1,980円)が今なら2カ月間無料!詳しくはこちら

連載プッシュバック エーゲ海に漂う命(全2回)

この連載の一覧を見る