「モダンの作法」は通用しない 「無力感の夏」の先へ

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 先月はカレンダーの関係で休載となったので、本コラムは2カ月ぶりとなる。今回は、7月以降の出来事を振り返ることから始めてみたい。

神里達博の月刊安心新聞plus

 まず確認しておきたいのは、7月3日に熱海市で起きた土石流をはじめとする、豪雨災害が各地でまた繰り返されてしまったことだ。

 毎年、夏になると、どこかで川が氾濫(はんらん)し、山が崩れ、家が泥水にのみ込まれ、尊い命が奪われている。どう考えても、かつての「異常気象」が「日常化」している。地球温暖化気候変動の影響は、すでに懸念の段階を超えて、日本の抱えるリスクの上位に位置づけられるようになったと考えるべきだろう。

 そしてオリンピックは、世論の反対がありながらも開催されたが、競技が始まるとアスリートの活躍に注目が集まった。とはいえ、同時に「デルタ株」の拡大によって感染者が急増し、現在の日本は、コロナ・パンデミックが始まって以来、最も深刻な状況となっているのは周知の通りである。

 一方で、8月15日、驚くべきニュースが飛び込んできた。アフガニスタンガニ大統領が隣国に逃れ、「タリバンが勝利した」とする声明を発表したのである。

 ブラウン大学の調査によれば、あの「9・11テロ」以来、米国はアフガンでの戦争に200兆円以上もの巨費を投じてきたという。無数の命を犠牲にしてきたこの20年の戦いとは何だったのか。脱出を試みる人々の姿は、ベトナム戦争末期の「サイゴン陥落」と二重写しに見えた。

 以上、この夏に起きた出来事を、いくつか挙げてみたが、これらを重ね合わせてみると、ふと、「無力さを思い知らされた夏」という言葉が浮かんだ。

 たとえば土木工事によって治山・治水を進めることは非常に重要である。それによって救われる命が確実に増える。しかし、温暖化の影響は今後もっと厳しくなると予測されている。この調子で豪雨が繰り返されると、だんだんと「賽(さい)の河原で石を積んでは、鬼に壊される童」のようになってくるのではないか。

記事後半では、この夏を象徴するような出来事の数々が何を意味するのか。「モダン」をキーワードに考えます。

 また、私たちがパンデミック…

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