「障害を負った意味、ここに」 視力失い、夢諦めても

波戸健一
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 自分は何位なのか。誰が前にいるのか。真っ暗闇を泳いでいる間はわからない。でも、フィニッシュを目指す富田宇宙には手応えがあった。

 残り100メートル。改良に改良を重ねたターンは全てうまくいっていた。予選は鈍ったキックも持ちこたえている。なにより体を襲う疲労感が、力を振り絞っていることを教えてくれた。「出し切った」。400メートルを泳ぎ切った先に銀メダルが待っていた。

 24日の開会式。富田はパラリンピック旗を運ぶ「ベアラー」の大役を任された。6人のパラ選手の先頭で、旗を持って国立競技場を歩いた。ほぼ視力がない。それでも介助者は断った。「他のアスリートたちと協力することで、介助者がいなくても歩けるというメッセージを込めた」。パラリンピックは、世の中をよくする力がある。32歳はそう信じる。

 熊本・済々黌高で水泳部に入った。2年生で進行性の網膜の病気を発症し、徐々に視力を失った。宇宙飛行士になる夢も、大学で熱中した競技ダンスも、視力が落ちるにつれて諦めるしかなかった。

 23歳で再び水泳を始めた。障害者がハンディを乗り越えてぶつかり合う真剣勝負に魅せられた。社会に与える力も感じた。「奥深いエンターテインメント」に自分も出たいと思った。

 表彰式を終え、視力を失ってからの日々に思いを巡らせた。目に涙が浮かぶ。「自分が障害を負った意味が、ここにあったのかな」(波戸健一)