「宮崎駿を跳び上がるほど喜ばせた」鈴木P・仕事の名言

太田啓之
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 宮崎駿監督の新作「君たちはどう生きるか」を制作中のスタジオジブリ。鈴木敏夫プロデューサー(73)は元編集者で、練り上げられた言葉によって多くの人々を束ね、やる気を引き出してきました。発売中の本「ジブリの鈴木さんに聞いた仕事の名言。」を手がかりに、「自己実現」や「承認欲求」に染まった世間とは逆張りの「鈴木流・仕事の哲学」を聞きました。がんばり過ぎている人、疲れ切っている人はぜひどうぞ。宮崎監督との軽妙なやりとりも満載です!

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鈴木敏夫さん=菊池康全撮影

 ――「ジブリの鈴木さんに聞いた仕事の名言。」は、様々な人の挙げた「鈴木さんからかけられた印象的な言葉」で構成されていますね。宮崎監督が挙げたのは「やりますか」の一言。どんな状況で出た言葉でしょうか。

 2013年に「引退宣言」をした宮さんが、その舌の根も乾かないうちに「長編の新作をつくりたい」と言い始めた時、僕は大反対しました。「これまでに『名監督』と呼ばれた人たちが晩年につくった映画を数多く見たけれど、傑作と呼べる作品はほとんどない。『晩節を汚す』と言う言葉もある。やめた方がいいでしょう」と。

 ――冷たいですね。

 冷たいんです(笑)。そうしたら彼は「絵コンテ映画の設計図に相当するもの)を20分ぶんだけ描くから、それで判断して欲しい」というんです。ダメって言うなら潔く身を引くけど、そうじゃないならやりたい、と。

 できあがった絵コンテは本当におもしろかったけれど、僕は迷った。やることになれば何が待っているか、見えますから。

 週末に絵コンテを受け取り、月曜日に返事をすることになっていたんですが、週明けに車を運転してジブリに向かう途中でも、まだ僕は迷っていた。「やるなら、時間もお金も、今までの映画の少なくとも倍はかけたい」などと、つい具体的に考えては「いやいや、ダメだ」と打ち消すことを繰り返していると、あっと言う間に会社に着いてしまった。

 宮さんのアトリエを訪れると、いつになくニコニコしていて「お茶飲む?」とかいってコーヒーのお湯を沸かし始めた。人間っておもしろいもので、彼のそんな姿を見ている時に「やるしかないのかな」と心が決まったんです。それで「やりますか」と話しかけた。

 宮さんは跳び上がらんばかりに喜んでいました。僕がその後で「絵コンテ、おもしろかったですよ」と言っても、もう聞いちゃいない(笑)。本当は「絵コンテを描く」って言い始めた時点でもう、抑えは効かなかったんですよね。

 ――鈴木さんは、自分から「何かをやろう」とは言い出さない。いつも、人から求められたことが仕事になっていく印象があります。

 僕の一番嫌いな言葉は「前向き」「夢と希望」(笑)。ずっと後ろ向きなんです。プロデューサーという仕事も最初は嫌だったけれど、結果的にはやって良かった。だって監督って、自己中心的でないとできないでしょう。そういう人にはなりたくないから。

 ――本の中には「間違っても、自己表現だとか、自分のこだわりに走っちゃいけない。いつも受け取る相手のことを考える」「何かを言おう、言おうと思っていると、人の話が聞けなくなる」など、エゴの突出を戒める言葉が目立ちます。

 芸術も、自己表現や自己実現ということが言われ始めてつまらなくなった。ダビンチやミケランジェロは注文に応じて作品をつくっていた。そこに「自分」はなかったわけですから。宮さんも「自分は町工場のオヤジ」と言っている。僕自身はプロデューサーとして、いい映画をつくり、お客さんも呼ばなくてはならない。そこで大事なのは冷静な判断。自分を出そうとすると判断が狂うので、欲のないところに自分を置かなくては、と思っています。

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「ジブリの鈴木さんに聞いた仕事の名言。」(木村俊介選 Kanyada写真 KADOKAWA 税込み1760円)

 ――「仕事で自分が認められようと思うな」ということですか。SNSでの「いいね!」獲得競争など、自己承認の欲求に囚(とら)われた人々があふれる現代では、究極の「逆張り」ですね。

 そっちの方が、自分も楽しくなってくると思うんです。

 ――宮崎吾朗監督は「何でも真似(まね)すりゃいいんだよ」という言葉を挙げています。

 これは実に簡単なんですよ。彼は映画づくりについてまっさらな状態からいきなり、「ゲド戦記」の仕事に入った。そうすると僕に一つ一つ「次に何をやるのか」と聞いてくるんです。そこで僕は「色々映画を見てきただろうから、ある程度は自分で想像できるんじゃないか」と話した上で、「やっぱり最初は習うより慣れろ。真似をすりゃいいんだよ。それは別に恥ずかしいことじゃなくて、誰だってそうやっているんだから」と言いましたね。

 ――本には「オリジナリティ、自分のアイデア……? そんなものはどこにもないんだからさ、考えるのはやめよう」という言葉もありました。

 そこはね、宮さんがすばらしい言い方をしましたよ。彼はゲド戦記を見て、吾朗君には何も言わなかったけれど、僕には二つのことを話してくれた。

 一つは「衝撃を受けた」と。「オレがつくってもこうなった」って。それは内容に関してです。二つ目は「真似するんなら元が分からないようにやれ」と。これは名言ですよね(笑)。

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鈴木さんの友人たちが、印象に残った鈴木さんの言葉を自筆で記した「巻物」の一部。2017年に開催された鈴木さんの書の個展で、オープニング・イベント用に作られた。「ジブリの鈴木さんに聞いた仕事の名言。」をつくるきっかけともなった

 ――確かに、オリジナリティーの塊のように見える宮崎駿監督の映画も、調べていくとイメージのベースとなったらしい作品が色々とあります。

 元ネタだらけですよ。宮さんは本当に影響を受けた人については決して言いませんけどね。

 ――本のタイトルは「名言」ですが、実際には、鈴木さんがある状況に直面した際に考えたことや話したことが中心になっていますね。孔子とその弟子の言行集である「論語」をイメージさせるところもあります。

 すごい例えですね(笑)。ただ、論語も聖書もエピソード集ですよね。理屈で言っても忘れてしまうけれど、おもしろいやりとりは自然と覚えてしまう。それを意識したのは確かです。本当は短い言葉でズバッと言った方が、世の中の流行には合うのでしょうが、本をつくったライター・木村俊介さんのこだわりであり、僕の意思でもあります。

 ――「弱い人も、組織の中には必要だ」「だめに見える人が組織にいなくなったら、だめなんだよ」という言葉も印象に残りました。

 ジブリの中でも、「○○は使えないから新しい人に代えたい」という声を何度か聞いた。そんな時、僕はいつも「○○をやめさせたら、別の誰かが『使えない人』の候補として注目され始める。君だってどうなるか分からないよ」と話しました。

 本の中でも触れたことですが、ジュール・ベルヌの「十五少年漂流記」には、完璧な少年は一人も出てこない。だから、15人が力を合わせなければ、生き抜いていけない。実は組織づくりをするときにも、それが理想です。それぞれが、他人とは違った何かを持っていて、一人の落ちこぼれもリストラも出さない。そういう集団を現実にあてはめてつくることができないか、と思ってきました。

 それに、才能のある人ばかりで映画をつくるのは不可能です。数人の才能ある人と、誠実にこなしてくれる人の両方が必要で、組織の雰囲気としては、善良で誠実な人たちが、大勢を占める。しかし、ときどき出てくる才能のある連中は、いろいろあって出て行ったり、戻って来たりする。宮さんも僕も、ジブリはそれがいいと思っています。太田啓之