「羽が生えたみたいだ」東京パラ席巻する赤タイヤの正体

荻原千明
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 東京パラリンピックの競技会場で赤いタイヤが駆け回っている。車いすバスケットボール車いすテニス。名古屋の老舗タイヤメーカーが選手の声に耳を傾け、試行錯誤を重ねてきた「逸品」だ。

 武蔵野の森総合スポーツプラザ(東京都調布市)で26日にあった車いすバスケットボール女子・日本―英国。競り合う双方のタイヤには、赤い縁取りがある。両チーム計24選手の約9割が、同じタイヤ「エクセレーサー プロ」を使っていた。

 「タイヤで何より大事なのは、(地面をつかむ)グリップ力。パンクもしにくく、頑丈で気に入っている。色もいい」。英国のローリー・ウィリアムズ選手(29)は絶賛する。男子でも韓国やイラン、トルコなどの選手たちが使用している。

 車いすテニスで2大会ぶりの金メダルを狙う国枝慎吾選手(37)は、無駄なく力が伝わる感覚に「羽が生えたみたいだ」と評したという。女子の上地結衣選手(27)も愛用者だ。

 手がけるのは1926年創業の井上ゴム工業(IRC、名古屋市)。「門外不出」という天然ゴムと合成ゴムの配合で求められるグリップ力を生み出す。タイヤ表面の独特な溝の配置は、力がかかってゴムが変形しても滑らないように計算。強度と軽さを両立させるため、内側に入れるナイロン糸の細さや本数などにも独自の工夫を施す。

あのドラマで一躍知られて

 スポーツ用タイヤの開発を始めたのは90年代後半。千葉市の車いすメーカーから、「スポーツタイプの車いすを一緒に作りませんか」と声をかけられたのがきっかけだった。当時、車いす用のタイヤは自転車と同じ金型で作られ、グレー一辺倒だった。

 目指したのは、自分で行動するためのタイヤ。マンホールなどの小さな段差を乗り越えやすいよう表面の溝を工夫し、軽量化のためタイヤを細くした。「出かけたくなるものを」と赤や黄色もそろえた。

 「エクセレーサー」と命名し、98年に発売開始。2000年に放送されたTBS系ドラマ「ビューティフルライフ」で常盤貴子さん演じる女性が乗る車いすに黄色のタイヤが使われ、売り上げを伸ばした。

 競技用の開発は、車いすバスケの日本代表として04年アテネ大会までパラ4大会に出場した神保康広さん(51)の協力で加速した。

 パンクのしやすさなどに困っていたという神保さんから、「滑りやすい」「体育館の床に色がつく」「減りが早い」などの意見をもらっては作り直した。00年に渡米した神保さんが米国の選手から集めた感想も参考に、競技性を高めた初代「エクセレーサー プロ」が01年に発売された。

「天才肌」「学究肌」の選手の声から

 IRCで開発に携わってきた常国冬広さん(52)は「選手と一緒に作ってきた」と語る。選手にとってタイヤは方向転換するハンドルであり、ブレーキにもアクセルにもなる。試作品を届け、使い心地を語る言葉に耳を傾け続けてきた。

 国枝選手は、数回こいでグリップ力や転がり抵抗を見極め、瞬時に「これがいい」と判断する「天才肌」。バドミントン男子シングルスに出場する長島理選手(41)は、熟考して意見を寄せる「学究肌」という。かつて受け取った長文のリポートには、海外のほこりっぽい体育館での課題まで考察されていた。

 「すごくよかったと言ってくれる選手の言葉が何よりも励みです」。常国さんは全選手の活躍を願いながら、大会を見守っている。(荻原千明)