沖縄「屈辱の日」に本土は式典 復帰50年どう迎えるか

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構成・国吉美香
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 来年5月の沖縄の日本復帰50年。日本社会は、私たちメディアは、その日をどう迎えるのか。その日に向けて、何をどう議論していくべきなのか。沖縄タイムスと共同で、オンラインイベント「記者サロン」(現在配信中)を開催し、読者からの多くの声もいただくなかで議論を始めました。沖縄や復帰を考える多様な視点が浮かび上がっています。

 記者サロンのテーマは「復帰50年へ いま『沖縄』を考える~私たちはその日をどう迎えるのか~」。沖縄タイムス社会部長の吉田央(なか)さん(46)と学芸部記者の新垣綾子さん(43)、朝日新聞の木村司・那覇総局長(44)の3人が、沖縄出身のフリーライター・島袋寛之さん(44)を司会に1時間半にわたって議論。復帰を直接知らない世代が復帰を考える切り口を探りました。やりとりの一部を紹介します。

安室さんブームと祖父の体験と

 島袋 4人とも、本土と沖縄に住んだことがあります。ギャップを感じることはありましたか?

 吉田 東京にいた小中学校時代、沖縄出身ということでうらやましがられました。ただ父や母に復帰ってなんだったのと聞くと、与えられないものを勝ち取るための闘いをしていた、それが復帰だったと。憲法が適用されない時代に、本土並みの環境を勝ち取るために沖縄の人たちが努力したからこそ、あの恵まれた環境があったと思っています。

 新垣 大学進学で東京に出るとき、「東京に集まる学生は向学心が旺盛で、沖縄の人はボーッとしているとバカにされるから負けるな!」と送り出されました。でも、安室奈美恵さんや沖縄出身のアーティストが活躍して、沖縄尚学が選抜甲子園で県勢初優勝を飾ったころで、元気な沖縄のエネルギーに便乗し、すごく楽しい学生生活でした。ただ、祖父は沖縄戦で両親ら(親族)13人を亡くし、先祖代々受け継いだ土地を米軍に奪われ、復帰後は自衛隊に継続使用されたという経験があります。祖父の憤りは、私が沖縄を見つめるベースになっている気がします。

 木村 沖縄には昨春に2度目の赴任をしました。復帰に関する取材で印象深いのは10年ほど前、「5月15日」を迎える直前に、日本政府高官が「沖縄にとって復帰はお祝いのようなものですよね」と認識していることが漏れ伝わり、仲井真弘多県政の幹部が「その程度の認識なのか」とがくぜんとした姿です。2013年には、政権を取り戻した自民党が、サンフランシスコ講和条約発効の「4月28日」に主権回復の式典を開くことを決めました。沖縄にとっては日本から切り離された「屈辱の日」。沖縄で大きな抗議集会が開かれたことにも深く考えさせられました。

 吉田 よく覚えています。あの時、政府高官に「ここまで嫌がらせすることないじゃないですか」と聞くと、相手は「こんなに沖縄の人たちを怒らせるつもりはなかった。沖縄にとっては屈辱の日だという視点がすっぽり抜け落ちていたんだ」と言うんです。嫌がらせならまだいいなと、そこに意思があるからまだいい。でも、関心さえないんだとひっくり返りそうになりました。

 島袋 全国紙と沖縄の地元紙の温度差がよく指摘されます。地元紙には「基地問題ばかり取り上げる」という批判やバッシングも目立ちますが、どう考えますか。

来月12日まで配信

記者サロン「復帰50年へ いま『沖縄』を考える~私たちはその日をどう迎えるのか~」は9月12日まで視聴可能です。詳しくは専用ページ https://ciy.digital.asahi.com/ciy/11005190別ウインドウで開きます

 吉田 あまり知られていない…

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