片道2時間通学の近江マネジャー 姉妹で夢見た甲子園

高岡佐也子
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(28日、高校野球選手権大会準決勝 智弁和歌山5-1近江)

 毎日、在来線に揺られること往復約4時間。遠かったけど近江高校を選んでよかった。青のメガホンをたたきながら、そう思った。

 水谷来彩(るい)マネジャー(3年)は、愛知県北西部の稲沢市に住む。野球好きな両親の影響で、4姉妹のうち一番上の姉と、双子の姉と自分の3人が野球の強豪校に進学した。母からは「おなかにいた頃から甲子園に行っていたのよ」と聞かされて育ち、夏休みの家族旅行は甲子園での観戦だった。

 4学年上の姉七彩(ないろ)さんは愛工大名電に進み、チアリーディング部に入ったが、甲子園に行けなかった。3年の夏、愛知大会準々決勝で野球部が敗れた後、いつも明るかった姉が、ふさぎ込んだ。連日まぶたを腫らす姉を見て、「私が代わりに」と決心した。

 自分たち双子の進学先は、「甲子園に出られそうなこと」が基準になった。

 姉は東邦へ。両親は、幼い頃から青色が好きだったからと末っ子の自分にブルーがスクールカラーの近江を勧めた。中3夏、家族で電車と車の二手に分かれて、学校を訪れ、通えるかどうかを確かめた。その夏の第100回大会、近江は林優樹(現西濃運輸)、有馬諒(現関大)の2年生バッテリーの活躍で8強入りした。志望が固まった。

 滋賀県彦根市まで通う日々が始まった。毎朝6時過ぎに家を出て、帰宅は午後9時半ごろ。3回乗り継ぐので、寝過ごすのが怖くて眠気はこらえた。悪天候などで在来線が遅れるときや練習試合で集合時間が早いときは新幹線も使った。帰宅して夕食と風呂を済ませると、疲れ果ててくたくたになった。

 練習試合のアナウンスでは「イントネーションが違う」と言われた。2学年上の先輩だった林投手の「はやし君」も、語尾が上がる関西風に発音できなかった。

 練習をサポートしながら調子が悪くて暗い顔をしている選手がいれば、声を掛けてひとりにしないよう気遣った。中学まではファン目線で見ていた「高校球児」がこの2年半で仲間になった。

 この日、一塁側のスタンドには、近江名物のチャンステーマ「ファイアボール」が2度流れた。コロナ禍で大声は出せないから、心の中で叫んだ。

 「今日の主役はどこですか?」。それはもちろん、「近江高校ー!」。高岡佐也子