京都国際の「練習の虫」 背番号なしに仲間たちが怒り

高岡佐也子
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(28日、高校野球選手権大会準決勝 智弁学園3-1京都国際)

 「なんでやねん!」

 最後の夏の京都大会で背番号をもらえないことがわかった7月上旬、全体ミーティング後に3年生だけで輪になると、数人が突然怒りだした。そしてこう続けた。「甲子園へは、俺たちが連れてったる」

 京都国際の記録員ローゼンフェルド怜旺は、最後までベンチ入りを目指した内野手だ。ただ、入学直後から利き腕の右肩痛に悩まされ、それが治らないまま、最後の夏を迎えていた。

 仲間たちが怒った理由は、その練習姿勢にある。練習場から寮に戻るのは、大体いつも一番最後。打撃練習でも、ノックでも、「最後の1球」と決めても、納得いかなければ「もう1球」。その1球が2球になり、10球になり、20球になり――。練習につきあってくれる後輩から「もう、帰りませんか」と言われることもしょっちゅうだった。

 取り組む姿勢は、勉強も同じだ。テスト週間は、クラスで1、2番を争う野球部の仲間に勝ちたくて、日付が変わるまで机に向かった。みんなが「チームで一番真面目」と認める存在だった。

 「怒りのミーティング」のあと、小牧憲継監督に呼ばれ、「記録員として力を貸してくれ」と頼まれた。想像していたのとは違うが、高校生活で初めて、ベンチに入ることができた。

 スコアは書けなかったが、付け方を知っている部員に教えてもらい、すぐにマスターした。京都大会で6試合、甲子園に来てから3試合、勝利のスコアを書き続けることができた。

 10試合目となる準決勝。ベンチの最前列で、両隣を仲間に挟まれながらスコアをつけ、声を張り上げて鼓舞した。最後の打者になった平野順大が三振すると、空振り三振を表す「SO」をきっちり書いてスコアブックを閉じ、ベンチ前に転がっていたバットを駆け足で片付け、整列した。「最後にみんなと一緒にベンチにいられてうれしかった」高岡佐也子