渋沢栄一、選挙支援求める書簡 政界と「没交渉」なのに

角津栄一
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 実業家の渋沢栄一(1840~1931)が、大正時代にあった群馬県内の衆院選に際し、親交が深かった大隈重信首相の養子を支援するよう地元経済人に働きかけていた書簡が見つかった。政治との関わりを避けていたとされる渋沢の意外な一面がうかがえる貴重な史料だ。

 書簡は、1915(大正4)年の衆院選で、大隈首相の養子・信常が前橋選挙区から立候補するのに際して、群馬財界の元老と称された江原芳平氏に宛てたものだ。江原氏は第三十九国立銀行(現・群馬銀行)頭取、初代前橋商工会議所会頭、上毛倉庫社長を務めていた。書簡は江原家から群馬県に寄託された文書の中にあった。

大隈重信の養子とは「別懇」の関係 「ご助力を」

 書簡の中で、渋沢は政党と関わりを持たず、政界とは「全く没交渉」と記し、政治と距離を置く自らの姿勢を主張。一方、大隈信常について「ご助力してくださるよう、お願い申し上げます」と選挙支援を要請している。信常との関係について「別懇」と表現し、特に親しい間柄であることを強調している。

 公益財団法人渋沢栄一記念財団運営の渋沢史料館(東京都)の清水裕介学芸員によると、渋沢の日記には、信常から選挙に関して直接依頼を受けて手紙を出した記述があり、書簡の存在は知られていた。今回、書簡が見つかったことで、その内容が詳細に分かったという。

 清水学芸員は「政党・政治と関わらないスタンスだった渋沢が、明確に選挙に協力し、助力を依頼していることは珍しい。数少ない政治とのかかわりを示す、貴重な史料だと思う。信常と『別懇』である故の異例の対応だと渋沢自身が記している点も重要だ」と解説している。

 書簡の複製が県立文書館(前橋市)で開催中のテーマ展示「群馬の近代産業のめばえ~渋沢栄一・渋沢一族との関わり~」で新規公開文書として展示されている。11月14日まで。新型コロナウイルス感染拡大を受けて緊急事態宣言が適用されたため、9月12日までは休止中で、インターネットで閲覧は可能。(角津栄一)