石橋貴明さんをゼロから鍛えた 帝京・前田監督が勇退

木村浩之、御船紗子
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 春夏通算26回の甲子園出場、春1回、夏2回の優勝を果たした帝京高校の前田三夫監督(72)が、今夏を最後に勇退することを明らかにした。これまで対戦してきた都内の監督や、チームの卒業生らからは、東京の高校野球を牽引(けんいん)してきたことへの感謝の言葉が寄せられた。

 関東第一の米沢貴光監督(46)は「何度もはね返された。大事なことを背中で教わった」。思い出すのは2007年夏、準決勝での降雨コールド負け。チームは「打倒帝京」を目標に戦ってきたが、試合が成立すると、「1年生は終わりたくなくて整列しなかった」。一方、帝京の選手は関東第一の選手をおもんばかって一切喜ぶそぶりを見せなかったという。「私ならガッツポーズしていた。野球以外のところで差があると気づかされた」。今夏の東東京代表、二松学舎大付の市原勝人監督(56)は「帝京は一生懸命追ってきた目標。まだまだ追いかけたかった」と惜しんだ。今夏の準決勝で対戦。「勝つためにできることを全てやる人。最後まで怖がりながら戦った」と振り返った。

 西東京代表だった東海大菅生の若林弘泰監督(55)は「ショックです」。試合をするたびに「戦力よりも気持ちが大事だと考えさせられた」という。若林監督が監督就任した09年の秋、決勝で初めて帝京と対戦し、1―13と大敗した。どうやったら勝てるかを考え続けた。14年秋は準々決勝で4―2で勝利し、選抜出場につながった。16年春も準々決勝で6―4、昨年の独自大会の東西決戦も3―2で勝った。でも「いつもギリギリでした」。特に16年春が忘れられない。前田監督はサヨナラ勝ちの場面で、スクイズを試みたが、失敗。普通なら次は打たせる采配が多いだろうが、再度スクイズを指示。「執念を感じた。見習わなければいけないと思った」

 前田監督の哲学は、指導を受けた選手たちに受け継がれている。

 今夏の主将だった武藤闘夢(とむ)さん(3年)は「勝つことに徹底した人。大切なことを教わった」と話す。中学の頃、「一緒に(強豪の)大阪桐蔭を倒そう」と誘われ、群馬から上京。1年春から試合に出場したが、「一番監督さんに怒られたし、一番使ってもらった」。武藤さんの学年は秋、春と2回戦までに敗退。監督は「お前らじゃ絶対に勝てない」とたき付け、選手を鼓舞した。今夏、ノーシードから準決勝にまで進出したチームに、「今までのお前らとは違った」と努力を認めた。「伝統ある帝京のプレッシャーの中やれたのは、ほかではできない経験だった。これからの野球人生にも生きる」と話した。

 「そろそろだと思ってました」。そう話すのはOBの石橋春仁さん(67)。前田監督が就任した年、3年生だった。就任時に30人近くいた部員は、厳しい練習に耐えかねて5人ほどまで減った。それでも指導法を変えなかった。「母校でない高校の監督になって、苦労は人の3、4倍しているはず」。チームは6年後、選抜初出場を果たす。石橋さんが監督のもとへ預けた7歳年下の弟、とんねるずの貴明さんも、野球未経験から鍛えられた。「(貴明は)体も大きくなったし、人間としても高校で成長した。とびぬけてすばらしい監督。ありがとうございましたと言いたい」と話した。(木村浩之、御船紗子