「パレスチナの存在示す」 ガザから5度目のパラ 

有料会員記事ガザ情勢

荒ちひろ
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 「パラリンピックに出ることで、パレスチナの存在を世界に示す一助となりたいんだ」

 通算5大会目の出場となるパレスチナ代表のフサム・アザム(45)は29日、国立競技場で陸上男子砲丸投げ(座位F53)に臨んだ。

 パレスチナ自治区ガザ地区の北部にあるジャバリヤ難民キャンプで生まれ育ち、今も妻と8人の子どもたちと暮らす。

 幼い頃の病気が原因で両足が不自由になった。パレスチナ初の代表として24歳で出場した2000年のシドニー大会で、同種目で銅メダルを獲得。パレスチナにとって、五輪・パラリンピックあわせて初めてのメダルだった。アテネ大会では銀メダルをとった。

 08年の北京大会出場後まもなく、ガザ地区で大規模な軍事衝突が起きた。自宅はイスラエル軍の空爆で破壊され、過去のメダルなど多くを失った。一番思い入れのあるシドニー大会のメダルは、がれきの中から見つかった。

 その後、家族の死などが相次ぎ、一時競技から離れたが、リオデジャネイロ大会で復帰。そして1年遅れての東京大会を迎えた。

 今月21日、東京へ向かう際に経由したエジプトで、ガザにいる16歳の息子が撃たれ、病院に運ばれたと知った。この日、イスラエルとの境界近くで抗議デモがあり、イスラエル兵との衝突に巻き込まれたのだという。

 容体は深刻だと知らされた。息子のもとへ駆けつけたかったが、翌日には東京に向けて出発しなければならなかった。

 パレスチナ代表はアザムただ一人。「私の肩には、開会式でパレスチナの国旗を掲げる責任が乗っていた」

 24日の開会式では、クフィ…

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