生まれつき両腕ないアーチェリー選手 失敗恐れぬ心育んだ親の言葉

河崎優子
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 生まれつき両腕がなく、足で弓を射る。パラリンピックのドキュメンタリー映画にも登場した世界的なインフルエンサーだ。失敗を恐れず何にでも挑戦するように育ててくれた「両親」がいたから、今の自分がある。

 アーチェリー米国代表のマット・スタッツマン(38)は、生後間もなく生みの親に児童養護施設に預けられ、キリスト教系の学校を運営するレオンさんとジーンさんに引き取られた。教育方針は「何でも一人でやってみる」こと。ジーンさんは「腕がないことで被害者意識を持って欲しくなかった」と振り返る。幼い頃からしょっちゅう「あなたならできる」と言われ、失敗しても何度も繰り返した。

 ある日、兄が庭のりんごの木に登るのを見て、自分もやりたくなった。レオンさんに「やってみたら」と言われ、低い枝から伝って上まで登ったが、下り方がわからず、45分間も木の上にいた。それでも何とか自力で下りた。2人は手を貸す準備はしていたが、じっとこらえ、見守った。「過保護にならないように気をつけた」

 一つできるようになると自信がつき、また新しいことに挑戦したくなった。その連続で、食事や歯磨きはもちろん、車の運転まで足でこなす。「できないこと? まだ見つけられていないな」

 障害を理由に差別を受けて苦しんだ時期もあった。15歳の時、地元の自動車教習所への入所を断られた。運転できているのに何度もテストを受けさせられ、合格しても様々な条件が課され、免許を取るまで2年かかった。

 仕事を見つけるのにも苦労した。「見た目のせいで、誰も雇ってくれなかった」。2010年、男性が鹿に矢を放つテレビCMを見た。狩りをして家族の食事の足しにしようとアーチェリーを始め、家族で狩りに出かけた。

 右足の親指と人さし指で弓を持ち、左足を地面につけて構えを維持して矢を放つ。「矢はただ撃って欲しいだけ。撃つ人も、撃ち方も選ばない」。友人に勧められて、試合に出るようになった。

 初出場の12年ロンドン大会では銀メダルを獲得。最も遠い的(約283メートル)を射抜くギネス世界記録も持つ。東大が脳の働きを調べたところ、本来は手を動かすと反応する脳の一部分が、足を動かすことで反応を示したという。

 3人の息子の父親となり、教える立場になった。末っ子は怖がりだ。エスカレーターに乗るのもちゅうちょする。かつて何度もかけられた言葉で、子どもたちの背中を押す。「あなたならできる」。彼らの挑戦する姿は自分の原動力にもなっている。

 「腕がなくても腕のある人と戦える姿を見せて、世界中の人を感化させたい」。31日にあった3回戦。世界ランク1位の選手に敗れ、3度目の挑戦は幕を閉じた。それでも、「パラリンピックの価値は、メダルだけじゃない。僕の姿をみて、なにかに挑戦しようと思ってもらえたら成功だ」。24年のパリ、28年に自国であるロサンゼルス大会にも挑むつもりだ。(河崎優子)