臆病な自分変えた車いすラグビー 日本苦しめた仏のローポインター 

野村周平
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 生まれつき手足を欠損している。それでも、彼はパスを捕球し、相手の動きを何度も食い止めた。

 「変えることができないことに、イライラする必要はない。変えることができるなら、そこで決断するのは自分だ。僕は決断する。変えると決めたなら、それに向かってひたすら努力するだけさ」

 車いすラグビーフランス代表、セドリック・ナンカンは言った。

 パリの鉄道会社に勤務する37歳。障害の程度によって決まる持ち点は1・5。点数が低く、障害が重い部類に入る「ローポインター」だ。惜敗した日本戦では大活躍。日本のエース、池崎大輔を「セドリック対策をしたのに、動きを止められた」と脱帽させた。

 ナンカンは若い時、生きることに臆病だった。「地域に閉じこもったまま、一生を終えるんだな」と考えていたという。会計学を学び資格を取得したが、国を代表する選手として世界を飛び回る今の姿は想像してもいなかった。

 運命が変わったのは2011年。ちょうど障害者スポーツ協会に車いすラグビーの部門が立ち上がる時で、協会幹部から誘われた。最初は自分が傷つくことを恐れて断った。でも幹部は言った。「いつか世界で最高の選手の一人になり、フランス代表になってパラリンピックに参加するよ」

 その言葉が、大きな体に秘められた自分の可能性を気付かせてくれた。彼は決断した。「自分は変わる」と。必死に練習して2年後にフランス代表に。パラは前回リオデジャネイロ大会に初出場。18年の世界選手権では、持ち点1・5で大会最高の選手に輝いた。

 東京パラでは前回から一つ順位を上げて6位。地元フランスでの次回大会はさらなる上位を目指す。「みんな、何かの使命をもって生まれてくると思う。僕はそれを見つけることができた。あれこれ、思い悩むことはない」

 10代の時、マイケル・ジョーダンが彼の英雄だった。自宅の家にポスターを貼り、その姿に憧れた。バスケを通じて世界中の人々に影響を与えたジョーダンのように、ナンカンもコートを躍動し、車いすラグビーの面白さを伝えている。自分は変わることができる――。そう信じて、人生を歩んでいく。(野村周平)