生きる希望だった大会 5cm太くなった腕がうむスタートダッシュ

榊原一生
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 スタートと同時にパドルで水をたたいた。水圧の重さがずしりと両腕に伝わってくる。とらえた水を押し込むと、反動で舟は勢いよく前に飛び出した。

 「ばっちり決まった」

 2日の東京パラリンピック女子カヤックシングル(運動機能障害KL1)予選に出場した瀬立(せりゅう)モニカ(23)は、スタートダッシュに成功した。世界と戦うために磨き上げた武器だ。

 初出場した2016年リオデジャネイロ大会。瀬立は決勝に進んだが、1位とは10秒以上の差をつけられ、レベルの差を痛感した。200メートルの着順を争うパラカヌーは、いかに早くトップスピードに乗れるかが勝負を左右する。特に重要なのがスタートだ。メダル獲得に向けてコーチと導き出した作戦が、最初のひとこぎにかける、だった。

 パドルに体重をかければ、より大きな推進力を得られる。ただ、瀬立は高校1年時の体育の授業で頭を打ち、胸から下の感覚がない。元々、中学の部活動でカヌーをやっていたが、リハビリを経て14年に始めたパラカヌーは障害の影響で勝手が違った。

 不安定な水面で、体幹や下半身でバランスがとれない。体重を乗せたスタートは瀬立にとって転覆リスクのあるもろ刃の剣だった。

 「怖がっていたら戦えない」と西明美コーチ。本番会場の海を想定し、練習拠点はそれまでの川や湖から沖縄の海に移した。波の上でバランス力を鍛え、さらに筋力強化にも励んだ。上腕部は34センチと5センチ太くなった。瀬立は「100%つかんだ水を全て後ろに流せるようになった」と話す。

 この日、スタートを決めて、「周りの舟が見えず、1位にいる感覚があった」。中盤以降は寒さもあって体が動かず、4位でゴールした。

 競技会場がある東京都江東区は瀬立の地元だ。多くの声援を受けての本番を誰よりも楽しみにしていた。競技を終えて瀬立は「自分が車いすになってから生きる希望がこの東京大会だった」と言い、「たくさんの人に自分がこいでいる姿を会場で見て欲しかった。無観客は残念だけど、開催に感謝の気持ちでいっぱい」。次戦は4日。準決勝で上位に入れば同日の決勝に進む。再びスタートダッシュを決めてメダルを狙う。(榊原一生)