西武ライオンズ・栗山巧を鍛えた真夏の特訓 松坂大輔から苦言も

稲崎航一
[PR]

 西武・栗山巧が外野を守っていると、今でも祈るような気持ちで見てしまう。

 栗山が1軍に出始めた16年前の話だ。2005年、当時21歳。練習熱心な選手が多い西武の中でも、人一倍の練習量が目を引いた。春季キャンプはただ1人、無休でバットを振り込んだ。

 試合後も、寮に隣接する室内練習場で1学年上の中島裕之(宏之、現巨人)と打ち込む姿を目にした。

 ただ、意外というか、足は速いのに、守備はめっぽう苦手だった。さほど難しくない飛球を落としたり、返球がそれたり。エースの松坂大輔から苦言を呈され、しょんぼりしていたこともある。

 「打撃ならどんな球でも来いと思えるのに、守備につくとバタバタしてしまう」。拙守が続き、2軍落ちした。

 そこでめげなかった。真夏、炎天下の西武第2球場で連日、守備特訓を受けた。コーチに叱咤(しった)され、汗だくで球を追っていた。

 打撃ばかりに興味が向いていたのに「一流選手になるには、走攻守そろわないと」と話すようになった。シーズン後半、1軍に再昇格した。

 日本一になった08年には最多安打のタイトルを獲得。今は指名打者の機会も多いが、外野手でベストナイン4回、ゴールデングラブ賞も1回とった。

 指名打者は長距離打者や外国人選手が優先されがちで、やはり守れなければレギュラーはとれない。守備固めを出されれば打席数も減る。

 積み重ねた安打の陰に、若き日の「特守」があったことを思い返す。(稲崎航一)