寺の改革を目指し、「葬儀のあり方」にメスを入れた

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それぞれの最終楽章・「一人称」の死へ(2)

僧侶・高橋卓志さん

 僕は世間では珍しいフリーランスの「モンク(英語で僧侶の意味)」です。かつては生家の神宮寺の19代目住職として、寺の改革を試みてきました。

 その一つが「世襲を絶つ」で、住職に就任した際、檀家(だんか)さんへ宣言したんです。妻帯が許された明治期以後、お坊さんは家業になり、仏教の教えを守り抜こうという「発心」に至らずともやっていけるようになった。それではいけないと考えた僕は長い歳月をかけて準備した末の2018年5月、2人の息子たちではなく、血縁のない副住職に引き継いで、42年間在職した寺を離れました。今は京都市内の借家に妻と犬1匹と暮らしています。

 仏教界は父の代から「低迷している」と指摘され、いまでも「葬式仏教」「坊主丸もうけ」などと批判されます。これは多くの寺が、旧態依然とした宗派伝来の儀式を平然と続けているからでしょう。人間の生・老・病・死にからみつく「四苦」にかかわろうとしない。だから僕は生死の現場に踏み込み、宗教者として人々の四苦に向き合い、その苦しみを和らげ、抜き去る道筋を探ろうとしたのです。

 そう意気込んでいた30代前…

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