「シンデレラストーリーと思われるかも…」パラカヌー選手の葛藤

加藤秀彬
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 競技を始め、わずか半年でたどりついた大舞台だ。3日、東京パラリンピックのカヌー女子バーシングル(運動機能障害VL2)に出場した小松沙季(26)は準決勝で敗退した。それでも抱く夢は変わらない。「パラカヌーの価値を上げるために、次は必ず金メダルをとる。そのために、今回の悔しさはどこかで必要。一生記憶に残る、収穫だらけの大会でした」

 競技を始めて半年ちょっとでたどり着いた、大舞台だった。

 高知県四万十市出身。小学2年でバレーボールを始め、高知中央高時代には「春高」に2度出場した。2018年まで2季、Vリーグの「ブレス浜松」(静岡県)でもプレーした。

 突然、病に襲われた。現役を退き、指導者の道を歩んでいた19年。両手足がしびれ、病院で両下肢まひの診断を受けた。30キロほどあった左手の握力はほぼなくなり、車いす生活になった。

 転機は昨年12月。知人の紹介で、広島県であったパラスポーツ選手の発掘プロジェクトに参加した。バレーで鍛えた身体能力を買われ、カヌー、ボート、車いすラグビーの競技団体からスカウトを受けた。

 関係者の熱心な誘いもあり、最終的にカヌーに決めた。ただ、地元には専用の練習施設がない。パラカヌーの指導者もいなかった。

 支援に動いたのは、高知県障害者スポーツセンターだ。小松の挑戦を知り、高知市の屋外プールを開放してくれた。長さは25メートル。約7メートルのカヌーだと、数回こげばすぐにゴールしてしまう。でも、そんな小さな環境も、小松にとっては貴重な練習場所だった。

 慣れない水の上での運動。初めは、まっすぐに進むことも難しかった。転覆もした。

 センターの北村大河所長(46)は、ダイビング用のウェットスーツを着て、水中で舟を支えた。「彼女に会ったとき、目を見てすぐに本気だと分かった。やってくれる人がいない以上、支えるのが僕たちの役目」。約1カ月の練習で感覚を研ぎ澄ました。

 小松は3月に香川県であった日本代表合宿に参加し、初めて海上でカヌーに乗った。5月のワールドカップ(W杯)に出場し、5位入賞。東京大会の出場権を勝ち取った。

 ただ、葛藤もあった。

 「競技を始めてすぐに出てしまうと、パラの価値を下げてしまうと思って。ちょっとやったらすぐ出られる。結果だけ見たらそう思われてしまう」

 「シンデレラストーリーみたいなトントン拍子と思われるかもしれないけど、苦しさもある。数年やってきた他の選手と、同じ思いで、できるのかなって」

 日本障害者カヌー協会によると、競技人口は男女計20人。競技人口が少ないからこそ、始めてすぐ代表になることができたという自覚はある。一方で「楽をしてつかんだわけではない」と、自分の努力に自負もある。

 「全力で、毎日、甘えずにやってきた。競技なんかせずに家で寝ていた方が楽だけど、厳しい方にチャレンジする方が、得ることが多い。この道は間違っていなかったと思います」

 競技人生は始まったばかり。3年後のパリへ、伸びしろは計り知れない。加藤秀彬