金メダルの道下、失った笑顔を取り戻すまで 「自信なかった私にも」

菅沼遼
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 東京パラリンピック最終日の5日、陸上女子マラソン(視覚障害T12)で、道下美里(44)=三井住友海上火災保険=が金メダルを獲得した。

 道下は一度、笑顔を失った。

 中学時代に右目が見えなくなり、20代半ばで左目も光をわずかに感じられる程度にまで視力が低下した。調理師の夢をあきらめた。「生きている意味や役割を見いだせなくなった」。家にこもった。

 母親の勧めで26歳で盲学校に入学し、陸上競技を始めた。ダイエットが目的だった。走った分だけ結果が出る。そんな感覚が楽しくなった。

 31歳で中距離からマラソンに転向する。

 「きつくて、長くて、やめたくなるような距離だけど、そういう競技をやっている仲間はどうしたら楽しめるかを考えている人が多くいた。つらくて苦しい時も、自分次第で前向きになれるんだと教えてもらった」

 「うつむいている人生は送りたくない」と思った。初めは意識的に笑顔をつくった。結婚を機に2009年に福岡県に転居後、ランナーが多い大濠公園で練習をするようになった。これまで100人以上が練習の伴走をしてくれた。「多くの方から思いやりをいただいて、自然と笑顔がでるようになった」

伴走する「チーム道下」

 道下のレベルが上がると、一緒に走れる人も限られるようになった。今の日々の練習は、市民ランナーの10人ほどが交代で伴走についている。

 12年から「チーム道下」の一員の福岡市の歯科医、樋口敬洋さんは「昔はスタミナだけの印象だったけど、ストライドも伸びたし、坂道の走りも力強くなった」という。「今では彼女の方がタイムがいいんです。逆に引っ張られちゃったりして。練習だって、僕にとっては大会に臨むような気持ちです」と笑う。

 大濠公園のランナーの間では、今や道下は有名な存在だ。走っていると「頑張って」とよく声をかけられる。犬の散歩によく来る女性たちからは、大会前に千羽鶴を贈られた。樋口さんは「みんなで一緒に目標に向かうっていう意味では、チームスポーツですね」と話す。

 銀メダルだった前回のリオデジャネイロ大会。道下は表彰台で悔し涙を流した。この日はトップでゴールすると、笑顔がはじけた。

 「希望を持てないこともあったけど、自分の思いを素直に周りに伝えていったら、仲間が見つかって、一緒にいろんなことを乗り越えていけた。自信がなかった私にもできたんだから、いろんな人にもできると思う」(菅沼遼)