特派員と地方記者、ともに見つめた「核」 広島で語る 記者サロン

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比嘉展玖
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 今年4月、原爆報道を担う朝日新聞広島総局にまったく経歴の異なる2人の記者が転勤した。1人は海外の特派員だった記者。もう1人は、地方勤務を続けてきた記者。これまで接点がなかった2人の共通点は、「核兵器の現実」を見つめてきたこと。8月27日、朝日新聞のオンライン記者サロンで核大国・米国と被爆地の視点から語った。

 テーマは「核兵器を考える 広島と米国の現場から」。今年1月に核兵器禁止条約が発効したことを踏まえ、「多くの人が、核兵器をなくしてほしいと訴え続けているのに、なぜ世界の核兵器はなくならないのか」を探ろうと企画。広島総局勤務の経験がある核と人類取材センターの武田肇記者が司会を務めた。

 最初に報告したのは、広島市出身の岡田将平記者。入社後、今年3月までの16年間は九州と沖縄で過ごした。うち2013年から17年までの3年半、長崎総局で被爆者の体験の聞き書きを続けた。岡田記者が紹介したのは、16歳の時に長崎で被爆し、背中に大きなやけどを負った谷口稜曄(すみてる)さんの取材体験だ。

 国内外で命を削るように核廃絶を訴える谷口さんの姿を取材した岡田記者はある時、谷口さんの背中のやけどの痕を触らせてもらったという。「こういうことが本当にあったのだと肌で感じた」と語った。

 17年8月に谷口さんが亡くなる直前の7月、岡田記者は入院先の病院を訪ねた。谷口さんは横になっていたが、岡田記者が声をかけると、「次はあなたたちの番だから」と細い声で話したという。その話を紹介すると、岡田記者は声を詰まらせ、「次世代に思いを託されていると思うので、しっかり受け止めていきたい」と締めくくった。

 続く広島総局次長の渡辺丘(たかし)記者は核兵器を巡る現状を説明した。「アメリカやロシア、中国は核兵器の役割を再認識し、核兵器の近代化を競い合っている」

 防衛省外務省などを担当後、中東のエルサレムや米国のワシントンで計6年余り特派員を務めた。米国時代に取材したのが、核戦力の現場だ。

 渡辺記者が画面に動画を映し出すと、白い雪原の中にフェンスで囲まれた一角が見えた。「のどかな農村地帯の地下に、広島に投下された原爆の約20倍の威力がある核兵器が配備されている」。今年2月に訪れた米西部モンタナ州のICBM(大陸間弾道ミサイル発射施設だ。ミサイルには核弾頭を搭載できる。

記事の後半では、記者サロンの全編動画もご覧になれます

 基地内の整備施設でICBM…

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