<おかしとことば> 月の夜にあなたの心はなぜ動く

編集委員・長沢美津子
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 浮かんだ満月がススキ野原を照らし、虫の鳴く風景を写したお菓子は、「秋の音色」と名前がつけられています。

 手のひらにのる小さな食べものに、季節と情感を込める。言葉によって想像がふくらむ。おいしさだけでない味が、和菓子にはあります。日々の楽しみは奪われて、上を向いて歩くのを忘れそうな2021年も心は自由に、京都の町の菓子屋さんから、甘い暦を届けます。

 そもそも月夜になぜ心が動くのでしょうか。万葉学者の上野誠さん(61)に聞くと、「長い時間をかけて、われわれが月の見方を磨いてきたからでしょう」と教えてくれました。

 日本文学の1400年をひもとけば、「花鳥風月と恋」は、それしかないほど重要なテーマだった。「花、鳥、風、月とそれぞれに役割が与えられるようになったのです」

 花は、時を定めて咲くもの。

 鳥は、姿ではなく声を聞いて季節を知るもの。

 風は、突然やってきて何かを知らせるもの。

 そして、月は毎日姿を変えながら、定期的に同じ姿を見せてくれるもの……。

 万葉の人々は、月が美しいと思えば「この月をあなたと見たいのに」とうたった。中国の詩を読んで、月を眺めながら遠い故郷を思っている作者の境遇を追体験した。

 上野さんは「培われた情操を、さまざまな芸道が取り入れていきました。お菓子にも、なったのですね」。

 祇園にある「鍵善良房(かぎぜんよしふさ)」が、9月になると作る「秋の音色」に、虫を描くようにしたのは最近で、若い職人さんの提案でした。お菓子への親しみやすさと、さりげなさのバランスをとって、目立たないようにデザインされています。気づくと、うれしくなります。(編集委員・長沢美津子

協力

 今西善也(いまにし・ぜんや) 1972年生まれ。京都・祇園町の菓子店「鍵善良房」15代主人。店の名物は徳島の和三盆を使う「菊寿糖」と奈良の吉野葛で作る「くずきり」。お店のHPは https://www.kagizen.co.jp/別ウインドウで開きます