私こそ「梟ロス」 小池真理子が語る「月夜の森の梟」が生まれるまで

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「好書好日」編集長・加藤修
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 朝日新聞土曜別刷り「be」で6月まで連載していた小池真理子さんの「月夜の森の梟(ふくろう)」には、読者からメールを含め千通近い手紙が届いた。夫であり作家の藤田宜永さんを喪(うしな)った哀(かな)しみに向き合ったエッセーに、なぜこれほど共感の輪が広がったのか。小池さんと愛読者である識者2人に振り返ってもらった。

写真・図版
小池真理子さんと夫の藤田宜永さん=2015年9月、朝日新聞出版写真部撮影

 連載をまとめた『月夜の森の梟』の出版に向け、小池さんはいま原稿を読み返している。「最初の1、2回はまだ試行錯誤の跡が感じられます。回を重ねるごとに、リズムも含め自分が描こうとしていた心の風景に近づいていけたように思います」

 連載がスタートしたのは昨年の6月。藤田さんが肺がんで死去し、半年たたない時期だった。「4月に依頼を受けたときは決めかねて、数日、考える時間をくださいと伝えました」

 朝日新聞が運営する本の情報サイト「好書好日」で、小池真理子さんの「月夜の森の梟」の一部を掲載し、その魅力をさぐる企画(https://book.asahi.com/article/14431951別ウインドウで開きます)が始まりました。5回分を順次全文掲載するほか、「梟」ファンの識者の見方や読者のみなさんから新たに募集する感想も掲載し、「梟ロス」に応える予定です。

 当時、小池さんは自分の状況をこんな風に書いていた。「藤田と死別して以来、時間の流れが変わってしまった。配偶者との死別が、かくも強烈な喪失感、虚無感を与えるとは、小説を数えきれないほど書いてきたというのに、ここまでのものだとは想像していなかった。私は自分の作家としての想像力の貧困さを羞(は)じております」

 しかし、そのどん底の精神状態から、書くことでしか自身を救えないと腹をくくり、連載を引き受けた。

 闘病中の藤田さんは「おれが…

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