広電見守り70年 「鳥の巣」お別れ

岡田将平
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 「鳥の巣」の愛称で親しまれ、広島市中区十日市交差点を約70年にわたって見守ってきた広島電鉄の十日市信号所がなくなる。耐震基準を満たしておらず、老朽化に伴って撤去が決まった。6日から解体工事が進められている。

 東は広島駅や宇品、南は宮島口や江波、そして北は横川。3方向に線路が延びる十日市交差点の一角に信号所はある。高さは6・5メートルで、はしごで登った先に円筒形の3畳ほどのスペースがある。そこからは、昔ながらのツートンカラーの車両や超低床車が行き来するのを見渡せる。

 信号所ができたのは1952年。軌道のポイントを切り替えるためだ。設置された当初は、担当者が信号所から電車が来るのを確認し、「てこ」と呼ばれるスイッチを操作。すると、ポイントが切り替わり、電車を行き先に導いた。きょろきょろと顔を動かして周囲を見る様子を鳥に見立て「鳥の巣」と呼ばれるようになったという。

 手動でポイントを操作するのは3年で終わったが、機器が置かれたため、信号所も残った。その後は、電車の停止位置で行き先を判別する自動制御となり、さらに2003年からは電車に付いているIDプレートから情報を読み取るシステムに変わった。

 同じ中区の紙屋町交差点にも00年ごろまで信号所があった。電車企画部養成所の田辺治人さん(63)は三十数年前、紙屋町でポイントの切り替えを1年ほど担当した。双眼鏡や目視で車体の番号や運転士を確認し、作業していたという。「3方向から、信号のたびに電車が来て、とっさに対応しないといけなかった」と苦労を思い出す。トイレに行きたくてもすぐには交代が来られないため、前日は酒を控えるなど体調管理に気を使ったという。

 担当になる際、十日市信号所で切り替えについて習ったという。「最初に訓練した場所なので、なくなるのは寂しい」と語った。(岡田将平)