外は呉服屋、中は本屋 「身近な10人を幸せに」女性が込めた思い

滝坪潤一
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 茨城県大洗町の髭釜(ひいがま)商店街に「焚火(たきび)と本」という不思議なたたずまいの本屋がある。外見は元呉服店のままで、店内ではアウトドア用品も売る。Uターンした31歳の女性が、今年4月に開店した。東京や鎌倉でまちづくりに関わった経験から、誰もが自由に街を楽しめる仕掛けをつくりたいのだという。

 店を開いたのは、佐藤穂奈美さん。約140平方メートルの店内には木箱を使ったジャンルごとの書棚のほか、キャンプのたき火台、テーブル、ランタンのアウトドア用品も並んでいる。

 書棚のジャンルは「社会学」「地域おこし」「なんかわくわくする本」などさまざまだ。知り合いの建築士や木こりがお勧めする本のコーナーもある。

 大洗町の涸沼(ひぬま)のほとりで生まれ育った。夜になると真っ暗になる地域。学校図書館の本を片っ端から借り、読みふけった。

 大学は図書館の蔵書が多い早稲田大を選んだ。就職活動をスタートする3年生になる直前、東日本大震災が起き、大洗も津波の被害を受けた。原子力への興味が高まり、文系から理系の学部に転じ、福島県に通って原子力とまちづくりを研究テーマに選んだ。

 復興の難しさを目の当たりにして大規模事業に関心を抱き、早大大学院を出て大手ディベロッパーに就職した。配属先は都心の再開発ビル事業だった。まちの再生を信じて、身を粉にして働いた。上司からは評価されたが、部署が変わって会社整理の仕事に向き合ううちに、心はすり減っていった。

 ふと、伊坂幸太郎の小説「グラスホッパー」の一節が浮かんだ。「死んでいるみたいに生きていたくない」

 小さい頃から「自分の身近な10人を幸せにする」が目標だった。どんなに忙しくても頭の片隅に家族がいた。一つの再開発を仕上げるのには10~20年はかかる。そのうちに、地元で暮らす自分のばあちゃんは死んでしまうのではないのか。

 地元でまちづくりをしたいという思いが募った。独立に向けて、資金集めを学ぼうと、神奈川県鎌倉市に本社があるまちづくりベンチャーに転職した。

 空き家をリノベーションする事業を手がけた。神奈川・葉山の古民家を季節とともにある暮らしが体験できるゲストハウスに再生する企画。地元のおじいちゃんとスイカ割りをしたり、交流スペースに地元の成り立ちや歴史を伝える小さな本屋を設けたりした。

 そこで知り合ったおじいちゃんが5万円を出資してくれた。他の人からも集めて空き家を活用し、その運用益で配当を出せた。「共感投資」と呼ばれる、その仕組みが面白かった。「地方でまちづくりが進まないのは人とお金がないから。共感してくれる人がいて、新しいことをしたい人を応援できる。これを茨城でもやりたい」

 昨年7月、祖父母の介護で父母が大変だと聞き、会社を辞めて起業しようと大洗に戻った。新型コロナウイルスの感染拡大で準備が進まないなか、小さい頃からずっと好きだった本とアウトドアのイベントの開催に思い至った。

 3カ月後、町内の酒蔵を借りて、たき火を囲みながら本を読み、地元の食材を味わうイベント「焚火と本」を開いた。翌月、結城市でも人を集めた。本は人と人をつなぐと確信し、元呉服店の物件を借りて本屋を開店した。

 茨城に興味を持ってくれた人にまずは来てもらう「ドア」のような存在になれたら、と考えている。新しいことに挑戦する人を資金集めや不動産の面で応援したい。この店をゆくゆくは、不動産事務所にする計画だ。「コミュニティーの新陳代謝を茨城でも促したいんです」

 営業時間は不定だが、インスタグラム(@takibitohon)で告知している。(滝坪潤一)

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    秋山訓子
    (朝日新聞編集委員=政治、NPO)
    2021年9月9日17時57分 投稿

    【視点】とても素敵な発想、とても素敵なお店!行ってみたくなります。自分のまわりの10人を幸せにする。これって日々を生きる指針にもなりそうです。