かつてはポーランド系8割、今はイスラム過半数、共生さぐる米の街

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ハムトラムク〈ミシガン州〉=大島隆
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 米中西部ミシガン州の小さな町ハムトラムクでは、二つの音が響く。一つは教会の鐘の音。もう一つはモスクから流れる礼拝の呼びかけ「アザーン」だ。

 2001年の米同時多発テロの後、この町は米国内で高まる反イスラム感情の波に揺れた。

 人口約2万2千人のハムトラムクは米国で初めて、地元議会の過半数をイスラム教徒が占めることになった町として知られる。さらに、人口の過半数がイスラム教徒だとされる。かつてはポーランド系が大半を占めていたが、郊外への転出や自動車産業の衰退で人口が減少。代わってバングラデシュイエメンなどからの移民が多くなった。

 04年、町のアザーンをめぐって、全米の注目がハムトラムクに集まった。

 バングラデシュ系の住民が通うモスクが、アザーンをスピーカーで流す許可を市に申請し、市議会で諮ることになった。市民の意見は二分され、論争が全国ニュースとなって米国中に知られると、州外からバスでやってきた集団がモスクの前で抗議活動を展開した。

 米同時多発テロから3年しか経っておらず、テロの衝撃が人々の記憶に強く残っていた。当時、市議会議長だったカレン・マジュースキー市長は、「自分が想像していたよりも反響がずっと大きかった。あのころは、9・11からそれほど時間が経っていなかったことも影響したかもしれない」と振り返る。当時、ハムトラムクで現地調査をした宗教学者も、「9・11後のイスラム過激派テロへの不安が、イスラム教を排除しようとする人々の感情をあおった」と著書に記している。

 申請をしたモスクの代表アブドゥル・モトリブさん(65)は当時の状況について、「目の前の教会は1時間ごとに鐘を鳴らしている。自分たちもと思って申請したが、一部にはよく思わない人もいた。州外から来て、建物の前で『自分の国へ帰れ』と叫ぶ人もいた」と語る。

 一方で、モトリブさんたちを…

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