胃がんの原因ピロリ菌、たくましいが「胃の中のピロリ体外を知らず」

染方史郎
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 今回は胃がんの原因菌として知られるピロリ菌のお話です。愛くるしい名前とは裏腹に、胃の中という強酸の過酷な環境の中で生きていく、たくましい細菌です。その発見は「まさか胃の中には細菌がいるはずない」という当時の常識を打ち破る一大事件でした。ピロリ菌とはどういう細菌なのでしょうか。コラム「染方史郎の細菌どうなの」です。

ピロリ菌の発見は常識破りの功績

 そのかいわいでは有名な話ですが、発見者の一人であるマーシャル博士は、自ら培養したピロリ菌を自分で飲んで、ピロリ菌が胃炎の原因となることを証明しました。

 今でこそ、胃炎だけではなく、胃潰瘍(かいよう)や胃がんの原因菌としても広く知られるようになりましたが、発見当初はなかなか信じてもらえなかったようです。しかし、このような常識破りの功績で、2005年にノーベル医学生理学賞を受賞されています。

 ピロリ菌の本名は、Helicobacter pyloriです。Helicoとは「らせん」という意味です。ヘリコプターのヘリコも同じ語源です。ピロリは、胃の出口(幽門)を表す「ピロルス」に由来しています。胃の幽門部から初めて見つかったためです。桿菌(かんきん)と呼ばれる細長い細菌の一種で、その細い体をらせん状に少しひねり、スクリューの様な体形をしています。

 また、オリジナルキャラのイラストにもあるように、鞭毛(べんもう)というしっぽが生えており、そのしっぽをぶん回して前に進みます。スクリューのような体と鞭毛による前進運動によって胃の粘膜に入り込みます。

胃の中でしか生きられない

 先ほど述べたように、胃の中は強酸の環境です。このような環境をどうやって生き残るのか不思議ですね。

 ピロリ菌は、ウレアーゼという酵素を持っており、胃の中にある「尿素」をアンモニアと二酸化炭素に分解することができます。アンモニアはアルカリ性なので、胃酸を中和することができます。つまり、自分の身の回りだけ、生存可能な環境に作り替えているというわけです。

 一見たくましいピロリ菌ですが、実は胃の外では生きていくことができません。「胃の中のピロリ体外を知らず」ということです。最も過酷と思われる胃の中が最も快適で、「胃外は意外と苦手」なんですね。

 これまでは、ストレスが主な原因と思われていた胃炎が、一部は菌の感染によるものであることがわかり、治療法も変化しました。ピロリ菌が関与する胃炎では、ピロリ菌を退治、すなわち除菌すれば治療できる、ということがわかったためです。

 従来の胃酸を減らす薬のほかに、2種類の抗菌薬を使って治療するのが標準的な方法です。ただし、一部は除菌できない場合もあることや、病型によっては除菌のみでは治癒しないものもありますので、注意が必要です。

 ピロリ菌が感染しているかどうかを知る方法として、胃内視鏡を使う方法と使わない方法があります。自費診療となる検査もありますので、詳しくは専門病院などのホームページで確認した方がよいです。

 ただ、ピロリ菌ならではの面白い検査法があります。先述のように、尿素を取り込んで、二酸化炭素とアンモニアに分解します。この性質を利用して、目印の付いた尿素を飲んでもらい、息の中に目印の付いた炭素が出てくるかどうかを検出する検査です。尿素を飲んでもほとんど無害で、採血のように針で刺すこともないので、痛くもかゆくもない検査法です。この検査法も、先のマーシャル博士らが開発しました。さすがです。

ピロリ菌がいなくなると、他の病気に?

 ピロリ菌の感染状態は、国によって異なり、日本では出生年代によって大きく異なることが分かっています。

 ざっくりいうと、戦前、戦後のあたりが境目になっています。1940年代以前の出生では80%近くの方が感染していますが、50年代になると急速に減少し、50%を下回ります。私と同じ70年代以降になると20%以下になっています。

 途上国ほど高い感染率で、40年までの日本は途上国に近く、それ以降は先進国に徐々に近づいています。衛生環境に依存することが指摘されており、日本では戦後の高度経済成長によって衛生環境が劇的に改善し、感染率が低下したと考えられます。

 持続的にピロリ菌が感染するためには、5~6歳には感染する必要があるようで、成人になってからピロリ菌に感染しても、急性胃炎を起こすのみで、ほとんどが一時的な感染に終わるといわれています。

 ある研究によると、子供から検出された菌の遺伝子を親のものと比較したところ、母子間で69%、祖母も含めた家族のいずれかとの一致率は76%と高い一致率であることがわかっています。衛生環境が悪い時期には、環境や学校などでの集団生活の中で感染していた可能性もあるようですが、環境が整った現代では、家庭内感染が主流と考えられます。まだ、どこからどのようにして感染するのか、よくわかっていないようですが、虫歯菌のように、家族からの口移しも原因かもしれません。

 ピロリ菌が起こす病気として、胃潰瘍十二指腸潰瘍胃がんが有名です。特に、胃がんはがんの中でも大きな割合を占めています。胃に感染しているので、胃の病気を起こすのはわかりますが、最近は、胃の病気だけではなく、貧血やじんましんなどの病気を起こすことも知られています。そのため、ピロリ菌が関与している場合には、ピロリ菌を除菌することで病状が軽快します。

 では、ピロリ菌は悪いことばかり起こすのかというと、そうでもなさそうです。

 ピロリ菌がいても、必ずしも胃炎などの症状を起こすわけではありませんし、全ての胃炎や胃がんなどにおいてピロリ菌が原因となっているわけでもありません。さらに、ピロリ菌がいることで起こりにくい病気があることも分かっています。

 食道がんです。食道がんの主な原因は、飲酒と喫煙が知られていますが、胃酸の逆流による食道粘膜の傷害が原因となる食道がんも知られています。欧米に多いタイプの食道がんでしたが、近年、日本でも少しずつ増えているとされています。このタイプの食道がんは、ピロリ菌がいない人の方がなりやすいと言われています。ピロリ菌が感染すると、胃が萎縮して胃酸の産生が低下しますが、感染していない場合は胃酸の分泌が多いためです。そう考えると、ピロリ菌も、意外と役に立っている常在菌なのかもしれません。(染方史郎)

染方史郎

染方史郎(そめかた・しろう)大阪市立大学大学院医学研究科細菌学教授

本名・金子幸弘。1997年長崎大医学部卒。国立感染症研究所などを経て、2014年から現職。薬が効かない「薬剤耐性菌」の研究をしています。また、染方史郎の名前で、オリジナルキャラクター「バイキンズ®」で、細菌をわかりやすく伝えています。著書「染方史郎の楽しく覚えず好きになる 感じる細菌学x抗菌薬」(じほう)。オリジナルLINEスタンプも発売中。