W杯の施設が避難民の村に エナジー飲料飲み実感、「助かったんだ」

有料会員記事アフガニスタン情勢

ドーハ=伊藤喜之
【動画】W杯向け宿泊施設が「アフガン村」に、中東カタールの人道支援=伊藤喜之撮影
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 何人もの守衛に本人確認をされて門扉をくぐると、そこは「アフガン村」とも呼ぶべき様子だった。

 中東カタールの首都ドーハで、都心からもほど近い居住地区。目新しい住居が整然と立ち並ぶ通りを、真っ白な民族衣装を身にまとった男性が「TOY(おもちゃ)」とインクペンで書かれた複数の段ボールを運んでいた。どこからともなく、数人の女の子が興味深そうに近寄ってきた。

 欧米系の顔立ちをした子もいれば、日本人のような顔の子もいる。古くから「文明の十字路」といわれ、多様な民族が共存してきたアフガニスタンの子たちだ。

 「約100棟に、500人ほどアフガニスタンの人々が暮らしています」

 記者を出迎えてくれたカタール政府の職員が教えてくれた。

ドーハの「アフガン村」に記者が密着

湾岸アラブ産油国のカタールタリバンとも太いパイプを持つ一方で、タリバンから逃れた人々にも手厚い支援の手を差し伸べる。カタール政府の許可を得て、首都ドーハにこつぜんと現れた「アフガン村」の内部に記者が入った。

 この居住地区は来年11月、中東で初めての開催となるサッカーワールドカップで大会関係者向けの宿泊施設として整備した。しかし、イスラム主義勢力タリバンが権力を掌握したアフガニスタンでの政変を受け、急きょ退避者を受け入れることになった。(ドーハ=伊藤喜之)

「標的」リストに記された名前

 「ワンタッチでパスを回せ」「俺が決める」

 9月9日午後11時すぎ、真夜中のアフガン村に威勢の良い声が飛び交う。

 各国のW杯関係者の息抜きの場となるはずだったフットサル場では、アフガニスタンの青年たち約20人がボールを追いかけていた。

 その中の一人、アフマド・ワリ・シャルハリさん(28)は同国第2の都市、カンダハルで国内外のテレビ局や通信社と契約するフリー記者だった。12歳のときタリバンが仕掛けた路上爆弾で左手の指4本を失い、生死をさまよう事件に遭って以来、タリバンは憎しみの対象だった。

 記者として、タリバンに批判的な報道を続けてきた。今年に入ってタリバンの制圧地域が急速に拡大しても、テレビカメラの前に顔を出し、実名でリポートを続けた。

 「お前の名前がある」

 7月、情報機関で働く知人から、タリバンの「標的名簿」に自分の氏名が載っていると聞いた。8月15日、カブールがタリバンの手に落ちると、着の身着のままカブール行きのタクシーに乗った。空港から何とか国外脱出しなければと思った。後で呼び寄せるからと心に決め、妻と5人の子どもは仕方なく郷里に残した。

 銀行から預金を引き出す暇もなく、手元には50ドル相当の現金のみ。カブールでは1日2ドルほどの安宿に泊まり、カブール空港に何とか入ろうと、空港周辺を連日のようにさまよった。しかし、人波をかきわけ、空港ゲートにたどり着いても、米国や英国などの関係者名簿に記載されていないため入れてもらえない。

 唯一、メールで助けを求めていた相手が米ニューヨークに本部があるジャーナリスト保護委員会だった。

 「あなたは独りじゃない」

 カブール陥落の翌日、返信が届いた。出国に必要な情報を求められ、胸に希望がともった。

 だが、その後はなかなか返信がこない。持参金は完全に底をついた。水さえも買えず、のどの渇きを潤すため、道ばたの排水溝で汚水をすすった。

 待つこと、7日目。ついに携帯が鳴った。

 「君の名前がカタール政府の…

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