102階にいた息子、見つからぬまま20年 今は背丈まで育った木

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外尾誠
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 2001年9月11日の米同時多発テロで犠牲になった約3千人の中には、24人の日本人がいた。なぜ息子の命は奪われたのか、どうすればテロは防げるのか――。遺族は20年たった今も問い続けている。

「折々に気持ちに区切りをつけてきたつもりだけど…」

 山口県下関市の中村佑(たすく)さん(80)の自宅の庭には、葉を茂らせた木が数本、大人の背丈ほどに育っている。

 同時多発テロで、旧西日本銀行福岡市)の行員として、世界貿易センタービル102階のニューヨーク支店にいた次男の匠也(たくや)さん(当時30)が巻き込まれた。佑さんは5日後、現地を訪れ、病院を探し回ったが、何の手がかりも得られなかった。

 何度か渡米し、帰国すると、同行した妻のポケットに木の実が入りこんでいた。かつて息子が暮らしたアパート前に転がっていたものだった。その木の実を庭に植えた。「せがれの住まいが、ここに移った感じ。時が過ぎたね、やはり」

 結局、匠也さんに関するものはなにも見つからなかった。米国から届いた死亡認定証の死因欄には「homicide(殺人)」とあった。「目の前に犯人がいたら、渾身(こんしん)の力でぶん殴りたい」。直後は怒りに震えた。

 だが、次第にテロの背景を知…

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