「使った、治った、効いた」という「3た論法」が広げる治療法の誤解

酒井健司
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 ある治療法が「効く」ことを証明するのは、思いのほかたいへんです。昔は大量の血液を抜く瀉血(しゃけつ)があらゆる病気の治療に使われていました。病気の原因はよどんだ血液であり、悪い血液を取り除くことで病気がよくなるという理論に基づいていました。アメリカ合衆国の初代大統領のジョージ・ワシントンも死ぬ前に大量の瀉血をされ、命を縮めたと言われています。現在の医学知識から考えると荒唐無稽ですが、こうした瀉血療法は19世紀ごろまで行われていたそうです。

 病気の多くは何の治療もしなくても自然に治ったり、症状が軽くなったりします。なんなら瀉血といった害のある治療をしても治ります。これが治療効果判定の誤りの元になります。患者さんに瀉血をして治ったという経験をした医師は、瀉血が「効く」と誤認します。次の患者さんにも瀉血を行うでしょう。たまには治らない患者さんもいたでしょうが、それは瀉血のやり方が悪かったか、病気が重かったため瀉血をしたにも関わらず治らなかったのだと解釈されました。

 こうした「使った。治った。だから効いたのだ」という論法を「3た論法」と言います。昔は野蛮だったでは済みません。つい最近まで(あるいは今でも?)「3た論法」に基づいて普通の風邪に抗菌薬を処方されることは珍しくありませんでした。原則として風邪には抗菌薬は不要で抗菌薬を使っても使わなくても治ります。ですが、風邪の患者さんに抗菌薬を処方して治ったという経験をした医師は、抗菌薬が風邪に「効く」と誤認します。次の風邪の患者さんにも抗菌薬を処方するでしょう。ついでに言えば、患者さんからは「よく薬を処方してくれるいいお医者さん」と肯定的に評価されることも抗菌薬を処方する動機になります。

 現在は、医師の経験だけに頼らず、臨床試験などから得られた質の高いエビデンスを活用して医療が行われています。いや、「行われています」は言い過ぎでした。エビデンスに基づいた医療が望ましいとされています、ぐらいが現実に近いでしょうか。

 この「根拠に基づいた医療」(EBM=evidence based medicine)の歴史は意外と浅く、30年ぐらいです。新型コロナのように新しい病気は、十分なエビデンスを利用できないため、ある程度は手探りで治療を行うこともあります。しかし、それはあくまでもやむを得ないからであって、医師の経験による「効く」という判断は間違っているかもしれないことを常に忘れてはいけません。(酒井健司)

酒井健司

酒井健司(さかい・けんじ)内科医

1971年、福岡県生まれ。1996年九州大学医学部卒。九州大学第一内科入局。福岡市内の一般病院に内科医として勤務。趣味は読書と釣り。医療は奥が深いです。教科書や医学雑誌には、ちょっとした患者さんの疑問や不満などは書いていません。どうか教えてください。みなさんと一緒に考えるのが、このコラムの狙いです。