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日本初の農村保健婦顕彰 鳥取の佐々木さん

角谷陽子
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 昭和初期、鳥取県東部の貧しい農山村を巡回し、公衆衛生の指導をして回った20代の女性がいた。日本初の農村保健婦、吉田喜久代さん(1914~90)。その足跡を、鳥取市の元看護師で看護史家の佐々木美幸さん(76)が、がんと闘病しながらまとめ、「使命 吉田喜久代―日本で最初の農村保健婦―」として自費出版した。

 吉田さんは現在の鳥取市滝山に生まれ、同市の医師のもとで働きながら看護婦・産婆の資格を取得した。農村の健康・福祉向上を目指す稲葉産業組合の田中新次郎組合長により、大阪の朝日新聞社会事業団(現・朝日新聞厚生文化事業団)に派遣され、アメリカの公衆衛生を学んだ。

 鳥取に戻り、34(昭和9)年から同組合の訪問婦(保健婦)として乳児死亡率の高かった無医村・無産婆村を回り、新生児の沐浴(もくよく)の仕方や、手洗いなど感染症予防について指導した。それをきっかけに鳥取県は37(昭和12)年、独自に農村保健婦を養成する「社会保健委員養成所」を設立した。吉田さんの日報をまとめた「砂丘の蔭(かげ)に」が40(昭和15)年に発刊されるとベストセラーに。新藤兼人さん脚本で映画化が計画されたが、戦時下のフィルム統制で実現していない。

 佐々木さんは約40年前、「砂丘の蔭に」を読んだ。病人やシングルマザー、貧しい人らに偏見を持たず、使命を持って働く姿に感動。看護師の仕事のかたわら、晩年の吉田さんや遺族に会いに行ったり、資料を集めたりし、成果をこつこつと書きためてきた。

 11年前、肺がんが見つかった。抗がん剤治療で薄れる意識の中に吉田さんが表れた。「このままだと吉田さんに合わせる顔がない」と思い立った。昨年10月、佐々木さんに共感した地域研究家や学芸員ら4人と「吉田喜久代研究会」を発足。会は佐々木さんが書きためてきたことを整理するなど書籍化をサポートした。

 完成した「使命」は2部構成。前半は佐々木さんと吉田さんとの出会いや、映画化されなかった「幻のシナリオ」、吉田さんの業績や鳥取県社会保健委員養成制度についての調査結果など。後半は新漢字新かなによる「砂丘の蔭に」の復刻版

 佐々木さんは「療養生活では『砂丘の蔭に』を読むことで癒やされた」と振り返る。「吉田さんとその著書が、鳥取県の誇りとして生き続けてくれれば」

 A5判、628ページ。山陰の主要書店で3千円(税込み)で販売している。直接販売可。問い合わせは吉田喜久代研究会の四井さん(0857・73・1051)へ。(角谷陽子)