義母のポット、父の弁当 コロナ禍の展覧会は「日常」を見つめた

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田中ゑれ奈
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 この1年半、非日常が続いているのか、それともコロナ禍がもはや日常なのか。1回目の緊急事態宣言が明けた昨年夏に構想されたという金沢21世紀美術館の「日常のあわい」展は、日本人作家7組の作品を通して、変容していく「普通」を見つめた。

 取るに足りない日常は当たり前のようで、いつか失われる。家族の営みを定点観測した下道基行と小山田徹+小山田香月の写真は、私的な行為に宿る創造性へのささやかな驚きとともに、やがて来るシリーズの終わりを意識させる。

 下道の「ははのふた」は、かつて妻の実家で同居していた義母の、宵越しのお茶を入れた容器のふたを様々なもので代用する習慣をひそかに撮影した作品だ。ふたをなくしたポットやマグカップに、小皿ややかんのふた、キッチンペーパーやざるといった手近なものをポンと載せる。バリエーションを保つためにお気に入りの皿を隠すという介入も交えての観察は、ある日、そのことに義母が気付くまで続く。義母の無意識と下道の作為の攻防が、何げない生活の一端に緊張感を生む。

 小山田の「お父ちゃん弁当」…

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